幕間 ——虎狼激突——

 凍えそうな寒さに身を打たれながら、道に薄く積もった雪を踏みしめて歩く。街は派手な電飾に溢れていて、今が夜中だということをつい忘れてしまいそうになるほど眩しく輝いている。

「……」

 この時を待ち望んでいたはずなのに、とても苦しい。身体の中で、赤黒い何かが蠢いているような気分だ。そんな身体の中から、嫌味ったらしいほどに真っ白な息が出て、煌びやかな街明かりに溶けてゆく。

 少し先に、大きな木造の建物が見えた。戦国時代の城のような見た目をしていて、歴史の教科書に載っていても気付かないような風格がある。何かを恐れるように、街の喧騒はその建物だけを避けていた。そこが、私の目的地だ。

 近くの高所に移り、そこから建物の様子を見た。辺りに門番のような人間もおらず、その静けさは不気味でさえあった。食い入るように城を眺めていると、何かが風を切りながら突然視界に飛び込んできた。咄嗟に屈んで避けると、直後に何かがぶつかる音が背後から聞こえてきた。その音から察するに、どうやら弓矢のようなものらしい。

「……!」

 気付かれている。少しでも気付くのが遅れていれば、避けきれなかっただろう。攻撃が飛んできた方向を目で辿ると、建物の中に一つの人影が見えた。しかし、弓を構えている様子はない。不審に思って、今度は身を隠しながら矢が飛んでいった先の方を振り返る。そこで自分の見当が外れていたことにようやく気がついた。

「あれは、木片……!?」

 さっき飛んできたのは矢ではなく、先の尖った木片だった。武器として特別に加工されている様子もない。そんなものが、あれほどの速さと威力を持っているとは到底思えなかった。間違いなく、あの人影はただの戦闘員ではない。その正体は、もはや明らかだ。

「統一郎……!」

 当然さっきの一発で終わりではなく、木片が私めがけて立て続けに飛んでくる。それなりの距離があるにもかかわらず、その狙いは正確無比だ。私の残像を縫うように、ひっきりなしに木片の雨が降り注ぐ。こうなった以上、偵察は諦めて攻め込むしかない。意を決して、私は建物に迫った。途端、攻撃がぴたりと止む。風を切る音が消え、さっきと同じ不気味な静けさが蘇った。入り口の開いた建物が、大口を開けて獲物を待つ怪物のように映った。だが、それで足が竦むようなことはない。そうならないために、私は全てを捨ててからここまで来たのだ。門をくぐると、冬の夜風に建物が軋む音が響いた。ぎい、という木の音が、まるで醜い笑い声のようだ。私はそれを振り切るように、拳を握って駆け出した。




 十回ほど階段を繰り返し上って最上階まで辿り着いたが、途中で誰にも出会うことはなかった。表に門番がいなかったのは内部の警護を固めるためだと思っていたが、どうやらその読みは外れたらしい。ともあれ、邪魔が入らないのならば好都合だ。そのまま正面にある扉まで進み、一度立ち止まった。

「……これで、終わるんだ。全て……」

 突如襲いかかってきた重圧を誤魔化すように、唾を飲み込む。目の前の扉からは何の音も聞こえないが、身体がひりつくような殺気が漂ってくる。兵隊が塊になって待ち構えているような緊迫感だ。しかし、ここで退くわけにはいかない。どうにか一歩を踏み出し、扉を開く。その先には、男が一人座っているだけだった。同時に、奴の傍らの柱が少し欠けているのが見えた。さっき私を狙って飛んできた木片はそこから握り潰して調達したのだろう。

「……来たか」

「お前が、虎嶋統一郎……!」

「いかにも。十分な歓迎ができなくて悪かった。下手に人を集めれば、興を削ぎかねんからな」

 私は、憎むべき宿敵の姿をこれまで見たことがなかった。統一郎は自分の姿を徹底的に隠していて、奴と直接関わる人間でさえ、その顔を見たことがない者がほとんどだと聞いている。これまでは情報の秘匿のためにそうしていると思っていたが、今この瞬間にそれは間違いだったと確信した。

 意外にも見た目は若く、アリア先生と同じくらいの年代に見えるが、纏っている雰囲気があまりにもおぞましい。何百年も生き永らえ、数多の戦場を駆け抜けてきた怪物。そう言われても納得できるような威圧感があった。その姿を見れば、奴の仲間でさえずっと正気ではいられないだろう。こんな人間が、今も生きている。その事実が、呪いのように精神を蝕んでゆく。だからこそ、奴は仲間にも姿を見せなかったのだろう。これから殺し合う相手だけが、奴を目にすることを許されているのだ。

「近頃は風変わりな子どもと共にいたと聞いているが、一人で来たのか」

「……お前には、私が一人に見えるのか」

 何気なく放ったであろう統一郎の言葉を、私は許せなかった。怒りを抑えきれず、一歩踏み込んで奴を思い切り睨んだ。

「ほう、何か隠しているものでもあるのか?」

「私の中には、六十九人の仲間たちがいる。あの日、お前たちが殺した仲間たちが……!」

 私の答えを聞くと、統一郎は鼻で笑うようにして身体の力を抜いた。

「……何かと思って聞いてみれば、くだらんな」

「何だって……!?」

 統一郎は全く表情を変えないまま私の怒りを一蹴し、呆れるようにため息をついた。

「個人的な怒りや復讐心……そんなものを原動力として、望みを果たした先に何がある?」

「……それを言いたいのは私の方だ。お前は、何のためにこんな組織を作ったんだ!」

 どうして、こんなことをしたのか。思えば、それは来亜がいつも事件の犯人に聞いていることだ。彼女は、決してこれを形式的に聞いているのではなかった。事件に真剣に向き合っていれば、自然に出てくる疑問だったのだ。

 統一郎は悩む様子もなく真っ直ぐ私を見据えたまま即答した。

「正義だ。”天狼”の活動の果てには、揺るがぬ正義がある」

「……は?」

 統一郎の答えを、私は理解できなかった。あるいは、本能的に理解を拒絶したと言った方が正確なのかもしれない。私を引き取って愛してくれた老夫婦から流れた血の先に、来亜や霧江に傷を残した悲劇の末に、正義があると奴は言った。もし、統一郎が放った言葉が形を持っていたのなら、それをすぐさまぐしゃぐしゃに握り潰して奴の口の中に押し戻してやりたかった。

「ちょうど良い、ここで話してやろう。”天狼”……いや、俺の目的は————巨大な悪となり、正義を生み出すことだ」

「……何を、言っている?」

「まあ聞け」

 統一郎は立ち上がり、演説でもしているかのような口ぶりで話し始めた。だが、不意打ちをするだけの隙はない。もうこれ以上奴の妄言を耳に入れたくはなかったが、私には奴を止める手段がなかった。

「今の世界は、平和とは言えない。それは、絶対的な存在がないからだ」

「……」

「絶対的な存在……かつては、神がそうであったと言えよう。だが、それはあくまで遠い過去の話だ。今や数え切れぬほどの神が生まれ、そして別々の神を信ずる者同士が互いに争っている……これでは本末転倒というものだ」

 そう言った後、統一郎がこちらを一瞥したので、黙って睨み返す。初めから、話をまともに聞くつもりはない。ただ、奴に譲れぬ野望があるのなら、それを真っ向から打ち砕いてやりたいと思っているだけだ。

「では、神に代わる存在は何か?」

 統一郎は、こちらに向かって一歩踏み出した。私に問いかけているようだが、わざわざ答える道理はない。私が何も言うつもりがないとわかると、数秒の後に奴は自ら答えを口にした。

「英雄だ」

「……それが正義だったとしても、人の命を踏み台にして生み出される英雄に価値なんてない」

「目標と理想を混同するな。どうあっても、英雄は血の海の中で生まれるものだ」

 呆れるように一度息をついて、統一郎は話を続けた。話が進むにつれて私の中の怒りはどんどん膨れ上がり、もう窓から入り込む風の冷たさもほとんどわからなくなっていた。

「神々が犯した決定的な過ちは、それぞれが異なる目的を持ったことだ。目的が異なれば、進む方向が変わる。進む方向が変われば、争いが起こる」

 私は床を強く踏み、轟音を立てて統一郎の話を強引に遮った。

「……これ以上の無駄話は、許さない!」

「ならば、力尽くで止めてみせろ」

 統一郎がそう言い切らないうちに、怒りに突き動かされるように奴の喉元めがけて飛びかかる。統一郎は私の拳を片手で受け止めて全身を持ち上げ、そのまま私は真横に吹き飛ばされた。

「……ッ!」

「英雄の目的は皆同じ、世界を守ることだ。いくら数が増えようと、別々の英雄を慕うものの間に対立は起こりえない」

 戦いが始まっても統一郎は話をやめず、自分から動く様子もなかった。だが、このまま正面から突っ込んでも、受け流されてこちらが消耗するだけだ。

「それこそ理想……いや、空虚な幻想だ。人の心は変わる……英雄がずっと世界を守り続ける保証なんてない!」

 打開策を探るため、統一郎の話を否定して時間を稼ぎながら辺りを見回す。左右の壁際には飾るように刀が置かれている。隙を突いて奪い取れば使えそうだったが、今すぐにはできない。

「そうだな。だが、神と違って英雄には代わりがいる。一人の英雄が悪と化したのなら、また別の英雄が正義の側に立って悪を討てば良い。いかに英雄といえども、明確な正義が存在している世界で悪となれば、それに味方する人間もほとんどいなくなるだろう。淘汰は十分に可能だ」

 結局次の手が見つからず、懐からナイフを取り出して投げた。統一郎は横からナイフの持ち手を正確に掴み、私の方に投げ返してきた。回避が遅れ、刃が髪の先を掠める。難なく避けられることは想定していたが、投げ返されるとは思っていなかった。

「さて、そろそろ話は終わりだ。聞きたいことがあれば答えてやろう」

 統一郎と、奴の話を止めることすらできない自身への怒りに歯を食いしばりながら、腹の底から絞り出すように一つだけ問うた。

「……悪となって、正義を生み出すことがお前の目的なら……あの施設の皆を殺したのは、何のためだったんだ……!」

 あの施設の処分は、統一郎の言う目的の糧となるものではない。表沙汰になっていないから、"天狼"の悪名が広まるわけでもない。だから、他の活動とは違う動機があったはずだ。せめて、私はそれを知りたい。

「組織の中で悪事を犯しても、世界に正義は生まれないはずだ。それなのに……!」

「ああ、それを話していなかったか」

 統一郎は微かに目を見開き、何かを思い出すようにしばらく沈黙した後、再び口を開いた。

「……何だ、思い出してみれば実に簡単なことだった。施設の管理者の不手際で、”天狼”との関係が表に出てしまったのだ。だから施設を破棄し、関係者も皆始末した。お前は仕留め損ねたがな」

「────────」

 言葉が、見つからなかった。何か、私の中の大事なものが粉々に砕け散る音が聞こえた気がした。もしかしたら、私は怒りと同時に、ある期待を抱いていたのかもしれない。仲間たちはきっと統一郎の壮大な野望の犠牲になったのだ、統一郎には、仲間の命を犠牲にしてでも果たしたい目的があったのだ、と。しかし実際には、そこに何の大義名分もなかった。あの日壊れた全ては、”天狼”の野望の糧にすらなっていなかった。奴はただ服についていた糸くずを払うかのように、一切の悪意なく何十人もの命を踏みにじったのだ。

「では、今度こそ話は終わりだ。お前に残された道は二つ。俺を倒して英雄になるか、何も成し遂げぬまま死ぬか、どちらを選ぶ?」

 統一郎は構えながら、私に問いかけた。私は奴の言葉を聞き取りはしたが、理解はしなかった。奴が何を言っていようと、次の私の言葉は決まっていたから、どうだってよかったのだ。

「————殺してやる」

「良い返事だ。ならば、やってみせろ!」

 統一郎が一歩踏み込むと、振動で視界が歪む。私が姿勢を崩した隙を突いて、奴の拳が眼前に迫る。どうにか背を反らしてそれを避け、倒れ込みながら拳を蹴り上げて体勢を立て直す時間を稼いだ。だが、反撃に転じる余裕はない。次の攻撃の予兆を捉えるため、喰らいつくように統一郎を睨んだ。直後、微かに統一郎の右足が上がるのが見えた。蹴りが来る。攻撃を潰すために一気に距離を詰め、懐から短剣を取り出しながら、右手を喉元に向かって伸ばした。瞬間、右肩に激痛が走る。木刀で思い切り叩かれたような痛みに、思わず手の力が抜けた。理由も分からないまま、勢いを失って膝が大きく曲がる。

「ッ……つあ!」

 再び、しかも今度は敵の間近で姿勢を崩したが、すぐさま左手を床について思い切り押し、さらに転がってその場を離れ、何とか反撃を受けずに済んだ。

「流石に速いな。その速さが招いた危機でもあるが」

 見たところ、さっきの肩の痛みは統一郎の手刀によるものらしい。私が焦りや怒りから必要以上に目を凝らしていたのを見て、騙し討ちを仕掛けたのだろう。判断を誤った。統一郎の強さは、その圧倒的な武力のみではない。それ以上に、胆力と洞察力が厄介だ。相手を平気で騙す悪しき勇気と、些細な嘘が最大の効果をもたらす瞬間を見極める観察眼。奴と対峙する上で本当に必要なのは、純粋な戦闘能力ではなく、むしろ来亜のような切れ者を相手にする時の心構えだったのだ。

「はっ!!」

 統一郎が声を上げ、一息に迫ってくる。獲物を狙って一直線に向かってくる虎のような気迫を肌で感じた。今度は騙し討ちの気配はない。力任せに圧し潰すような、全力の一撃だ。距離を取ることを嫌って下手に防げば、かえって痛い目に遭うだろう。咄嗟にその場で跳び上がって躱し、顔を蹴りつけながら着地した。

「……ほう」

「なっ……!」

 統一郎は痛がる様子もなく顔を軽く手で払うと、何事も無かったかのように構え直した。もちろん、攻撃を避けながらの一撃だったので、渾身の一撃というわけでもなかった。だが、それにしても傷が浅い。魔物と同等か、それ以上に頑強だ。

「大した跳躍力だ。それがお前の武器か?」

「……違う。これは、私の力じゃない。お前たちが殺した、仲間の力だ!」

「……そうか」

 私は、ずっと七十人で戦ってきた。たとえ力量が劣っていたとしても、仲間たちの力を借りれば打つ手は十分にあるはずだ。状況に合わせて、的確に切り替えれば————

 ごっ、と突然鈍い音が響いた。それが自分の身体から発せられた音だと気付いたのは、さっきとは比較にならない痛みが来てからだった。統一郎の拳が、刃物のように私の腹部に突き刺さっている。

「ぎッッ……!?」

「出し惜しみをするなよ。その仲間の力とやらで戦うのなら、初めから最も強い者を出せ」

 統一郎は拳をそのまま右に振り抜き、私を軽々と壁際まで吹き飛ばした。懐にいくつか隠していたナイフのうちの一つが、真っ二つに折れているのが分かった。これが衝撃を和らげていなければ、この程度の痛みでは済まなかっただろう。

「く、かはっ、あ……!」

 想像以上の苦痛に、思わず咳き込んだ。もはや身を守る構えすらすぐに取れなかったが、統一郎が追撃してくる様子はない。私が最大限の力を出す準備を整えるまで待つつもりなのだろう。肩で息をしながら、壁を支えにして立ち上がり、その近くに置いてあった刀を取った。これほどの相手を前にして、躊躇はしていられない。奴を倒せる可能性があるとしたら、源兄さんの力しかない。刀の柄を強く握って構える。

「何だ、来ないのか?」

「あ、れ……?」

 おかしい。刀をとっても、前のように身体の内から何かが溢れ出てくるような感覚がない。もう、源兄さんの力を模倣するだけの体力さえ残っていないからだろうか。何にせよ、私が残された唯一の希望にすら見放されたということだけは確かだ。それに気付くと立っていることもできなくなって、刀を取り落としながらその場に崩れ落ちた。

「……終わりか」

「とう、いちろう……!」

 朦朧とする意識の中、何とかおぼろげに捉えた影に向かって吠えかかる。それ以外に、できることはもう何もない。無力感に苛まれ、目の辺りが熱くなるのを感じる。こうなる覚悟はできていた。でも、こんなはずじゃなかった。巨悪の野望の犠牲となった仲間のために力の限りを尽くし、命を散らす。今にして思えば、なんと夢物語のような話だろう。現実は、そうではなかった。仲間たちの命は敵の糧にさえなっていなかったし、私は力を出し切れないまま、ほとんど一撃のもとに崩れ去った。こんなはずじゃ、なかったのに。統一郎が握った拳を前に、奴にも聞こえないほど小さな声でそう呟いて、目を閉じた。

「……何だ、お前は」

 何だか、統一郎の拳が遅い。そう思っていた矢先、奴が私でない何かに向かって問いかける声が聞こえてきた。誰かが来た。こんな夜中に、辺りに人も寄りつかないような建物の最上階に、誰かが。

「————ごきげんよう、大悪党」

 軽快に指を鳴らす音とともに、聞き慣れた声が聞こえてきて、はっと目を見開く。視線の先には、ぶかぶかのコートを着た小さな影が映っていた。私が縋り、慕い、信じ、裏切った探偵の姿が、そこにはあった。

「せん、ぱい……」

「……どうしてここに、とでも言いたげな顔だな。ズボンのポケット、探ってごらん」

 そう言われてポケットに手を入れると、何か固いものが入っているようだった。取り出してみると、私が”天狼”の戦闘員につけたのと同じ発信機と盗聴器だった。

「そういうわけで、話は大体聞かせてもらったよ」

「いつの間に……!」

 来亜はわざとらしく呆れたような様子を見せ、首を横に振った。

「やれやれ、追うばかりで追われる心配ができていない。これじゃあ典型的な半人前だ」

「う……」

 返す言葉もない。事務所を出ていく少し前に、人狼事件の時に来亜が相棒を追いかけたことを聞いておきながら、その可能性を一切考えていなかった。嘘つきの私なんか、放っておくと思っていたから。

「だから、君はまだまだ修行が必要だ。こんなところで倒れている暇はないぞ」

 統一郎は、来亜を恐ろしい形相で睨んだ。傍で見ている私まで思わず動揺するような気迫があったが、来亜は一切動じていない。

「……そうか、お前が空言来亜か」

「おや、裏社会に名を売った覚えはないんだが……まあいいさ、その通りだ」

「悪いが、ここまで来てしまった以上はお前を帰すわけにはいかない。もちろん、江寺奈緒も同様だ」

 統一郎は、いきなり来亜に迫って殴りかかった。彼女が避けられるはずがない。どうにか庇おうとして立ち上がったが、その必要はないようだった。彼女は、迫り来る統一郎の背後に信じられない速さで回り込み、その背中を蹴りつけた。私の蹴りではびくともしなかったその身体が、勢いよく吹き飛ぶ。

「えっ……!?」

「いやあ、ここまで吹っ飛ぶとは。日頃のトレーニングは大事だね!」

「いやいやいや、どうなってるんですか!?」

「だから、日頃のトレーニングの賜物だと言っているだろう」

 来亜は頑なにそう言い張るが、それだけでは全く説明がつかない。試しに左手で彼女の手を強めに握ってみると、彼女は自分の手を押さえながらあっさりと崩れ落ちた。

「い……いきなり何をするんだ……!」

「すみません、だって……」

「だっても何もないだろう!」

 来亜は立ち上がりながら溜め息をついて、白状するよと呟くような声で言った。彼女はコートのポケットに手を入れて、その中から紙を覗かせた。さっきは気付かなかったが、よく見るとポケットはうっすらと光っている。

「……君が出ていった直後、ライトに会った。そこで、このお守りを貰ったんだ」

「ライト……!?」

 思いがけない名前が出てきて、つい声が出てしまった。

「驚いたよ。直前に君が玄関から出ていったのに、わざわざ窓から入ろうとしてきたからね」

「そうじゃなくて……」

 来亜は戸惑う私の様子を見て、普段と同じようにいたずらっぽい笑みを浮かべた。私は彼女を裏切ったのに、どうして、彼女はこんなにも変わらないのだろう。

「その……ライトは何か言ってましたか?」

「……"必ず、二人で無事に帰って来い"、と」

「……!」

 そう言った後、来亜は唐突に私の足元に落ちている刀を指さした。

「それ、恐らく君が持っていたのだろう。長物を持っても平気なのかい?」

「それが……なぜか、刀を取っても源兄さんが出てこなくて」

「ふむ……理由はわからないが、それなら私が使うことにしよう」

 君が使うのはこっちだと言いながら、来亜は私に何かを握らせた。見ると、それは私が事務所に置いてきた眼鏡だった。直後、いきなり凄まじい轟音が部屋中に響く。音のした方を向くと、部屋の扉が壊れていた。鉄の扉が歪み、簡単には開けられなくなっている。

「先輩……!」

「ああ、統一郎が戻ってきたようだ」

 来亜は刀を構えながら、正面の人影を睨む。さっきまでとはまるで違う、明確な殺気を感じる。扉を破壊したのも、私たちの退路を断つためだろう。一瞬でも油断すれば、致命傷を負いかねない。息を呑みながら、手渡された眼鏡をかける。

「奈緒、普段と役割は逆だが……やれそうかい?」

「はい……いつでもやれます!」

 来亜は頷くと、統一郎に向かって駆け出した。奴は動かず、迎え撃つ姿勢を取っている。このまま突き進めば、返り討ちにあってしまうだろう。

「一度退がってください!」

「ああ!」

 来亜が後退の姿勢を見せると、今度は統一郎が動き出して追い立てるように迫ってきた。狙い通りだ。奴は武器を持っていないから、こちらから無理に近づく必要はない。

「今です、反撃!」

「はっ!」

 来亜が横一文字に刀を振るうと、そこから風の刃が生じて統一郎に襲いかかる。奴が飛び跳ねて躱すと、背後の壁に大きな亀裂が入った。恐らくライトのお守りの力だろう。刀の振り方は素人そのものだが、威力は絶大だ。

「凄い……!」

「めちゃくちゃだな、全く……なんて力をよこしてくれたんだ」

 これほどの力を見せられても、統一郎は一切臆する様子はなかった。奴は攻撃の手を緩めず、再び迫ってくる。来亜の攻撃は強力だが、振りが遅いので連発は難しい。奴は、風の刃を避けた上で彼女に一撃を加えるつもりでいるはずだ。次の攻撃は回避されることを想定しなければならない。不用意に奴を引きつけるのは危険だ。

「……先輩、上に刀を振ってください!」

「上だって!?」

 来亜は戸惑いながらも、すぐに刀を振ってくれた。風の刃が屋根の一部を切り崩し、瓦礫が統一郎の真上から降りかかって部屋を分断する。

「む……!」

「畳みかけます、もう一度刀を!」

「う……おおッ!!」

 来亜は重そうに刀を振った。風の刃が瓦礫に直撃する。衝撃で煙が上がり、辺りが見えなくなった。

「……やったか!?」

「先輩、禁句ですよ!」

「何の話だ?」

 煙が晴れると、瓦礫の山から拳が突き上がっているのが見えた。直後、そこから統一郎が這い上がってきた。煙によって身体が少し汚れてはいたが、見たところ傷は全くない。これだけで倒れるような相手ではないとわかってはいたが、無傷とは思っていなかった。

「……はは、わかったぞ」

 統一郎が、唐突に口を開く。奴は、勝利への確信に満ちたような笑みを浮かべている。

「何……?」

「その力は確かに強大だが、限界があるな。空言来亜……お前は、もう俺には勝てない」

 来亜は統一郎に言葉を返さない。いつもならハッタリだと自信満々に言い返しそうなところなのに、彼女は何も言わずに立っている。

「先輩……?」

「……いいだろう。そこまで言うなら、推理を披露してみたまえ」

 来亜はやっと口を開く。しかし、そこから出てきた言葉は追い詰められた犯人の常套句だった。

 恐らく、統一郎の見立ては私と同じだ。私も、今の来亜の力がずっと続くとは考えていない。だが、奴がこれほど早くそれに気付くのは想定外だった。

 初めに気になったのは、お守りの効果だ。来亜の話から推測するに、渡す時に込められた言葉を実現させるといったようなものだろう。そのお守りには、"必ず、二人で無事に帰って来い"という言葉が込められている。つまり、この力を使えば私たちは無事に帰れるということだ。しかし、そこに統一郎を倒すという言葉はない。このお守りの力で、奴を倒せるとは限らないのだ。統一郎は、私の思考をなぞるように私と同じ点を指摘した。

「なるほど。だが、それだけでは証拠不十分というものだろう。お前を倒して帰れる可能性もあるはずだ」

 来亜の言う通りだ。だから、今まで統一郎は指摘してこなかったのだろう。しかし、さっき来亜が刀を重そうに振った瞬間、新たな証拠が二つも現れたのだ。

 一つは、お守りの効果が来亜の持久力には作用していないことだ。彼女は本来、こんなに早く疲れるほど弱くない。しかし、お守りの力で出力が高められていると考えれば、早すぎる疲弊にも説明がつく。

 そしてもう一つ、これは決定的と言えるだろう。お守りが入っている来亜のポケットから、光が消えたのだ。彼女の体力に応じて再使用が可能になるかどうかは分からないが、統一郎はそれを待ってくれるような相手ではない。またしても、統一郎は私と同じ点を指摘した。来亜も流石に反論できず、黙って奴を睨むことしかできないようだった。

「手詰まりだな、空言来亜。この一撃で終わらせてくれる」

「先輩、危ない!」

 眼鏡をかけたままだったにもかかわらず、思わず前に出てしまった。統一郎の拳が腕に直撃し、私は来亜を巻き込みながら後ろに大きく吹っ飛んだ。腕から全身に一気に激痛が走り、彼女の無事を確かめるのはおろか声を上げる隙もなく、一瞬で意識が途絶えてしまった。


 ◇

 統一郎の一撃を受けた直後、奈緒は完全に意識を失った。来亜は意識こそ保っているが、立ち上がることなく肩で息をしている。もはや抵抗する力さえ失った奈緒と、僅かながら力が残っている来亜。統一郎は、今更どちらを先に始末すべきか判断がつかないような人間ではない。

「邪魔が入ったが……今度こそ終わりだ、空言来亜」

「く……!」

 統一郎の拳が風を切る。瞬間、彼の腕が突如大きくねじれ、何かに持ち上げられるように上へ浮き上がった。

「何ッ!」

「……まだ、だ……!」

 統一郎には、大きな見落としがあった。奈緒の力が彼女の仲間のものだと聞いた時、彼の脳裏を一人の男の姿がよぎった。言い換えれば、一人しかよぎらなかったのである。

「なぜ……!」

 なぜ、お前はまだ立ち上がる。凡庸な悪役が吐くような台詞を言いかけたところで、統一郎は口を閉じた。

「僕が、守る……今度こそ、僕が皆を……!」

 立ち上がった奈緒は、目を閉じたまま統一郎の方を向いた。統一郎は目の前の相手からさっきまでとは比べ物にならない闘志を感じ、僅かに眉を動かした。彼は、奈緒の中に自らの理想を見た。一度倒れた者が、仲間を救うために再び起き上がって巨悪に立ち向かう。その姿を見た統一郎は、少なからぬ期待を抱かずにはいられなかった。自らが求めてやまない英雄が、今にも生まれるかもしれないのだと。

「いいぞ……見せてみろ、江寺奈緒!」

 統一郎は、今度は相手を待ち構えるようなことはしなかった。奈緒の中に底力が隠れていたように、これまでの彼の力もまたほんの片鱗にすぎない。一撃で二人を壊滅に追い込んだ拳が、さらに力と速さを増して襲いかかる。しかし、奈緒には当たらない。統一郎の拳は古代の預言者の如く、彼の眼前の空気を真っ二つに割った。

「おおおおおおおッッ!!」

 奈緒は吼えながら統一郎に躍りかかる。さっきまでとは比べ物にもならない、餓狼のような闘争心を剥き出しにして宿敵に向かってゆく。この瞬間、もはや彼女の心中から統一郎に対する憎しみは消え失せていた。目の前の敵を倒し、窮地に陥った仲間を救う。奈緒はそれだけを考え、彼女の中で目を覚ました仲間の力を振るっていた。

「君は、眠り姫の時の……!」

 猛然と攻めかかる奈緒の雰囲気に、来亜は覚えがあった。しかし、同時に違和感も覚えていた。奈緒の話によれば、いま彼女に代わって戦っているのは海斗だ。だが、彼はこれほどの闘志を持っている人物ではない。来亜はその齟齬に気付いてはいたが、その齟齬の意味するところまでは未だ気付かなかった。それは、奈緒自身も同様であった。

「驚いたな、まだこれほどの力を残していようとは」

「……」

 奈緒の身体に、力はもう残っていない。今の彼女は、自分が呼び起こした仲間の抱く感情だけに任せて動いている。燃料が切れて波風だけに頼っている船のように、いつ動けなくなるか彼女自身にも分からない。勝負は、ほとんど奈緒の天運にかかっていた。

 拳の応酬が続く。自分の命が尽きる前に敵の命を刈り取らんとして、奈緒は敢然と攻撃を続ける。しかし、統一郎は既にそのほとんどを見切っていた。

 彼の最大の武器は、その眼にある。だからこそ、彼は正義や英雄に固執しながらも、自らが正義となるのを諦めたのだ。敵味方の人格や心境を見抜き、大局を見極め、戦う相手の動きを見切る眼。それは、単独で巨悪に立ち向かう英雄ではなく、仲間を統べる悪の頭目にこそ必要なものだ。並外れた洞察力を持つ統一郎は、その意味では天性の悪人であった。

 しかし、その統一郎を意識外からの攻撃が襲った。彼は背後から強く突き飛ばされ、拳を構える奈緒に迫った。餓狼の眼前に、餌が姿を現した。

「————見誤ったな、統一郎」

「何……!?」

 統一郎は、もう力尽きたものだと見切りをつけた相手の声を背後に聞いた。その声の主は、続けて奈緒に向かって力強く指示を出した。

「奈緒、行けッ!!」

「ああああああああッッ!!」

 奈緒は叫びながら、統一郎に向かって倒れ込むようにして全体重を乗せ、唸る右腕から突きを放つ。掛け値なしの、全身全霊の一撃。今の彼女が出せる全ての力が、統一郎に届く。彼は轟音を立て、床にひびを入れながら転がるようにして吹き飛び、背後の壁に身体を強く打ちつけて頭を垂れた。コートを手で軽く叩きながら、来亜は統一郎に声をかける。

「やれやれ、危うく巻き込まれるところだった」

「……」

「いくらお前でも、これは応えただろう」

 統一郎は、言葉を返さない。来亜は返事を待たずに話を続けた。

「さて、聞こえているかどうかも分からないが、タネ明かしだ……とは言っても、単純なことだけれどね」

 そう言って、来亜はポケットから懐中電灯を取り出した。彼女が電源を入れると、そこから白い光が伸びる。

「お前が見ていた光は、お守りのものじゃなかったんだ。生憎、お前の言っていたような分かりやすい機能なんてないのさ」

「……」

「そして、お前のもとから奈緒を連れ帰るだけでお守りの効力が切れるようなこともなかった。こいつを寄越したのは、仮にも怪盗だからね。そんなケチな真似はしない」

 来亜はそう言い終えた直後、その場にへなへなと力なく膝をついた。ライトのお守りの効力が、今度こそ切れたのだ。その傍らで、奈緒もへたり込むようにして座っている。海斗の力は再び眠りについて、半ば意識を失っているような状態だ。二人とも、間違いなく全てを出し尽くしていた。だからこそ、統一郎はあえて二人に束の間の休息を与えた。彼が再び立ち上がるという絶望を、全身に隈なく染み渡らせるために。

 わずか十秒の後、その時が来た。統一郎は立ち上がる。彼の狙い通り、意識が少しはっきりしつつあった二人は一気に顔色を変え、目を見開いた。

「……よくぞここまで食い下がった。殺さずにおいた甲斐があったというものだ」

「……そんな」

 奈緒は呆気にとられつつも、すぐに来亜の近くに寄って彼女を守ろうとした。しかし、全く身体を動かせなかった。絶望が、彼女を取り込んでしまったのだ。来亜も同じように、その場で立ち上がることさえできずにいた。

「……嘘、だろう」

「だが、これまでだ。今の一撃が、お前たちの底なのだろう」

 一歩ずつ、統一郎が歩みを進める。彼と二人の間には多少の距離があったが、二人は全く動けないのだから、その距離には何の意味もない。強いてそこに意味を見出すとしても、奈緒の心の中に僅かばかりの悔恨の念が生じたことの他にはない。悔しい。ほんの一欠片ほどのその感情に任せ、奈緒は迫り来る統一郎に向かって声を上げた。

「と……う……いちろおおおおッッ!!」

「……」

 統一郎は、言葉を返さない。ただ黙って、冷たく奈緒を見下ろした。奈緒は、とうとう項垂れて、自らの死を待った。それから数秒経って、彼女は正面に誰かが立ったことに気が付いた。来亜は動けないはずなので、彼女ではない。統一郎も一歩ずつ進んでいるから、まだ来ないはずだ。奈緒がそこまで考えたとき、彼女の目の前に立っている者が声を発する。

「敵の消耗は……ざっと一割ってところか」

「……!」

 その声を聞いて、奈緒はすぐさま顔を上げる。それは、聞こえるはずのない声だったからだ。しかし、間違いなく彼女の眼前にはその声の主が立っていた。幻覚でも、幻聴でもない————佐香源が、確かにそこに立っている。

「頑張ったな」

「ゲンにいちゃ————」

 奈緒が呼びかけるのを遮るように、統一郎は風を切りながら源に迫り、殴りかかった。さっきよりも遥かに強い、虎の如き気迫を纏った拳が襲いかかる。源はそれを右手の甲で軽々と打ち払い、その勢いで統一郎をそれまで向かってきていた方向と真逆に吹き飛ばした。

「何だ、これが全力か?」

「ぐ……!」

 瞬間、その場にいた全員が源の絶対的な力量を悟った。統一郎は、人間離れした力を持っている。彼には遠く及ばなかった奈緒も、”天狼”の戦闘員を圧倒するほどの力を持つ。しかし、そんな彼らでさえ、いま十階以上の高さのある建物の中に突如として現れたのは正真正銘の怪物だと認めざるを得なかった。

「出し惜しみをするなよ、ドラ猫」

「貴様……なぜ、ここにいる!」

 統一郎は、奈緒と同じ疑問を抱えていた。六年前、佐香源は自らの模造品たちと森の中に消え、そのまま相討ちになって倒れた。二人ともそう信じていたのである。

「ああ、アレか。悪くなかったぜ。俺を倒せるのは、俺しかいねえ……自然な推論だ」

「……」

「だが————俺が自分に負けるわけねえだろ。それだけの話だ」

 源はきっぱりと言い切って、後ろにいる奈緒の方に振り返った。かつてと同じ、厳しくも暖かい眼差しを浴びて、奈緒の視界が微かに滲む。

「奈緒。俺は……お前がこうして引き金を引く、この瞬間をずっと待っていた」

「……」

「本当は、それだけで十分だったんだが……正直、予想外だった。千尋の見立ては、正しかったようだな」

「……源兄さん」

 奈緒はようやく立ち上がったが、すぐに体勢を崩して再び倒れ込んでしまった。恐怖から解放されても、既に彼女の疲労は限界に達していたのだ。視界に映るのが源から天井に変わったところで、奈緒は前の戦いの疲れもろくに取れていなかったことを思い出した。

「無理をするな。一つだけ聞くから、答えたらもう休め」

「……なに?」

「千尋は……最後まで、お前を守ったか?」

「……!」

 奈緒は、残っていた力を振り絞ってゆっくりと頷いた。そして、眠るように目を閉じた。

「……そうか。だったら、俺の負けだな。勝ち逃げしやがって……卑怯な奴だぜ」

 源は、奈緒にも聞こえないような声でそっと呟いた。直後、源と奈緒のもとに来亜がやっと駆けつける。初めて見る源を相手に、来亜は疑うような眼差しを向けた。彼女にとって、彼の印象は決して良いものではなかった。奈緒の心を乗っ取り、巨人たちを相手に暴虐の限りを尽くしたのも、彼の力だ。それに、これほどの悲劇に見舞われた奈緒を、今この瞬間まで助けに来なかった。きっと、佐香源は奈緒が思っているような人物ではない。来亜の抱えているそんな疑念を見透かすように、源は彼女を見た。

「……お前が、佐香源」

「ああ。お前は奈緒の仲間か?」

「雇い主だ。助手の危機に、お前より少しばかり先に駆けつけていたのさ」

「子どもじみた小競り合いをしてる場合じゃねえ。奈緒を部屋の隅にでも運べ」

「こどっ……!?」

 弱点を見抜いているかのような手痛い反撃を源から受けた来亜は、頬を膨らませながら彼の指示に従った。彼女が去った後、統一郎は再び源の目の前に戻ってきた。彼に向かって、源は構えながら声をかける。

「随分遅かったな。気分転換に散歩でも行ってたか?」

「……信じられんことだが、貴様が生きているならばそれでも構わん。今度こそ……俺の手で殺す」

「質問の答えになってねえ。国語ができなくても悪の親玉は務まるんだな」

「無駄話をする気はない……行くぞ」

 これまでの戦いは、児戯も同然のものとなる。その予感を抱きながら、統一郎は拳を構えて動き出した。彼が一歩を踏み出すのが、戦闘開始の合図となった。

「”天狼”の長、怪物の力……存分に味わってやろうじゃねえか、なァ!!」

 引き金は引かれた。弾丸の如く、二頭の怪物が飛び出す。来亜は奈緒の肩に手を添え、部屋全体の空気が激しく揺れるのを感じながら、その様子をじっと見据えていた。

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