第6話 悪事の片棒を担いでいる気分で・・・

 古村氏は、重くなる雰囲気を感じつつ、目の前の水を少し口に含んで話し始めた。


 山上敬子先生にサインしていただく定年退職届を作成したのは、他でもありませんでして、ええ、事務長のこの私・古村武志です。

 確かにタイプライターを打ったのは、私ではなく若い女性の事務員でしたけどね。

 こんなこと言い出すとそれこそ、大阪城を作ったのは大工さんみたいな話になりますけど(苦笑)、ま、岡山城のほうが「たとえ」としては、いいですか。


 それはともあれ、今年の年明け早々、大槻園長から、定年退職届という文書を作成してくれと指示を受けました。ま、その手の届の文例集を見るほどのこともなかろうと思いまして、原稿は私が手書きで「起案」しました。それで、事務員の女の子に、打たせました。私が打った方が早いとは思いましたが、こいつが何かやり出すということはとか何とか、要らぬ憶測を周囲に与えるのはいかがなものかと思いまして、保母や他の児童指導員らが事務所にいない折を狙って、そこで、作成させました。

 その事務員の子には、これはあくまで将来に備えて、今の届類の文書の更新を兼ねて様々なひな型を作るよう指示が出ていると申しておいて、その一環で、「定年退職届」も作らせたのです。

 それだけ作れとなれば、彼女とてすぐにわかりますよ。

 それは、私の判断で避けました。

 幸い、タイプライターで彼女が作成している間には特に来客などもなく、無用に人目に触れることなく完成したのは、幸運でしたね。

 下手に人目に触れられたら、間違いなく大槻の「手法」が他の職員らに知れ渡った挙句に、ややこしいことになりかねませんから。


 でもって、タイプライターで作成して、あとは日付と署名押印をもらえば完成というところまで仕上げて、予備に何枚かコピーしておいて、機を見計らって園長室の未決のトレイにその文書を予備も含めて裏返して置いておきました。

 なんかね、私、よく言えば秘密基地で遊ぶ子どものような、悪く言えば、人を追い込むための証拠をこそこそ作成しているような、そんな気分でした。

 正直、お世辞にも後味のいいものではなかったです。


 それから数日して、大槻が山上さんを園長室に呼出して、あの「事件」ですわ。

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