第24話 呪い
中央通りにある病院の一室のベッドに、血の気のない顔とささくれだったカサカサの唇、そして苦しそうな息づかい、死相が浮かんでいると言っていい、見るからに衰弱した白髪の老人が横たわっていた。
「おじいちゃん、今日はアリーサお姉ちゃんも一緒だよ」
ファナの呼びかけに、老人は薄っすらと目を開けて、ファナとアリーサを横目で見る。
「お祖父様、アリーサです。今日は嬉しい報告を持ってまいりました。ご気分がよろしければお聞かせしたいのですが……」
老人は首をゆっくりと少しだけ縦に振った。その反応にアリーサは老人の手を握り話し始める。
「お祖父様、見えますか? 我がフィッツローズ家に頼もしい2人のプラエトリアニが入り、念願のクランを立ち上げることができました。これでようやくダンジョンを攻略する目処が立ち、再び領地を手に入れる算段が立ちました。必ず私たちでお家再興を果たしてみせます。その時はお祖父様もともに領地へ参りましょう」
アリーサの言葉に老人はかすかに微笑んで、僕とニィズに視線を向ける。何かを言おうとしているようだが、声にならずに吐息だけが漏れた。
『ハルト、このおじいさんには、呪いがかけられているわね』
「えっ!?」
ルナの言葉に思わず大きめの声を発してしまい、3人が僕の方へと振り返る。ファナが唇に人差し指を当て、
「ハルトさん、ここ病院。静かに!」
「ごめん……」
たしなめられてしまった。
「アリーサ、この方を僕の目で診断させてもらっていいかな?」
僕の言葉にアリーサは一瞬戸惑ったが、勘の良いアリーサは何かを感じ取ったらしく、老人の方を向き直し話しかける。
「お祖父様、ここにいるフィッツローズ家プラエトリアニのハルトがお祖父様のことを診てくださるようです。ご病気のこと、なにかわかるかもしれません。よろしいですか?」
老人は、アリーサに絶対の信頼を寄せているようで、アリーサとも僕とも捉えられる視線で頷いた。
「それではハルト、お願いします」
「では、診させて頂きます。《星詠み》!」
【ステータス】
名前:カール・ジャン・フィッツローズ
種族:ヒューマン
身分:貴族
爵位:なし
メイン職業:ランサー《槍術家》
サブ職業:楽師
戦闘スタイル:長柄の武器を操る能力に長ける。白兵戦、1対1での戦闘に特化。
装備:朱ノ指輪(呪物)
恩寵加護:ーーー
称号:ウォーリーダー《戦闘指導者》
魔法:なし
ユニークスキル:《ガードブレイク》
エクストラスキル:《一番槍》
その他スキル:『二段突きLv.7』『三段突きLv.5』『多段突きLv.3』『雷鳴突きLv.2』
耐性:物理攻撃耐性Lv.1、魔法攻撃耐性Lv.1、痛覚耐性Lv.1、毒耐性なし、麻痺耐性なし、土属性耐性Lv.1
状態:永続瀕死
『この指輪が原因ね。指輪から伸びた触手のようなものが体内を通って魂に絡みついてる。これで生気を吸っているのね』
(呪いの装備ははずせない。だったら指ごと切断してすぐ治療するのは?)
『切断は絶対だめ。呪物は本体の魂に絡みついてることが多いの。たぶんこの触手が切れた瞬間にこのおじいさんは死ぬわ』
◆ヘルプ
《星遺呪物・朱ノ指輪》:装備者の生気を死なない程度に吸収し続け、生きた屍にする呪いの指輪。
「カールさん、あなたの指にはめられている指輪は呪物です。指輪の名称は《星遺呪物・朱ノ指輪》。装備者に《永続瀕死》というバッドステータスを付与するようです。一向に病気の改善が見られないのは、指輪がカールさんの生命力を死なない程度に吸収しているからだと推察します」
「!? これが……この指輪が呪物!? この指輪はお祖父様が王直属のプラエトリアニ一番隊隊長に選ばれたとき、ご友人から頂いたというお祝いの品のはず……」
「僕には、この呪いを解く術があります。ただし、解呪とともにその指輪は粉々に砕け消えてしまうでしょう」
「お祖父様! お聞きになられましたか? お祖父様のご病気の原因はこの指輪の呪いだそうです。ハルトに解呪してもらえばきっと良くなります。大切な指輪なのでしょうが、どうか御身のために……」
カールさんの手を握り語りかけるアリーサに珍しく興奮の色が見える。カールさんはアリーサの問いに頷いて、『ああ、頼む』と声にはならないが、瞼と唇の動きで応えた。
「ハルト、お願いします」
アリーサの言葉に頷いた僕は、老人の指輪に手のひらをあてがいスキルを発動する。
「《カース・ブレイク》!」
◆ヘルプ
《ヒール》:体力の回復。
《エクストラヒール》:体力の回復と骨折や断裂などの身体の不具合を治す。
《リカバリー》:毒や麻痺などの状態異常からの回復。
《ディスペル》:呪術以外の対象のバフ/デバフを打ち消す。
《パンドラ》:マイナススキルを消す。
《ディスベール》:呪術以外のデバフを受けにくく。
《リムーブ・カース》:呪術による状態変化を打ち消す。
《アンチ・カース》:呪術による状態異常になりにくくする。
《カース・ブレイク》:呪物の破壊。
聖なる光が僕の掌から指輪へと流れていく。
『うん。触手が枯れ始めてるわね。続けて』
やがてそれが全て吸い込まれるとカールさんの指にはめられていた指輪は、足掻くように揺らぐ禍々しいマナを放ちながら弾き割れ、灰になるように消えてなくなった――。
「《リカバリー》! 《エクストラヒール》!」
立て続けに発動する回復スキルの柔らかな光がカールさんを包み込む――。
全員が老人の顔に注目する。呼吸が穏やかなものへと変わっていき、顔色も見る間に良くなっていった。老人がゆっくりと目を開く。今度は瞬きがわかるほどに瞼が開き、目には輝きがあった。
「お祖父様!」
「おじいちゃん!」
老人はすがりつくアリーサとファナに目を向けながら、自分の掌をゆっくりと握ったり開いたりしていた。
「ああ……楽になった。息苦しさと怠さが嘘のようになくなった……。ベッドに埋まっていた身体も軽くなっとる……」
「それは良かったです。あと、左足に麻痺があったので《リカバリー》で治しておきました。《エクストラヒール》で身体の不具合と体力も回復させましたが、寝たきりだったということもあり、筋肉が落ちていますので今すぐ起き上がるのは無理でしょう。ですが、リハビリで筋肉をつければ、すぐにでも日常生活を送れるようになると思いますよ」
「ハルト、それは本当ですか!?」
「ええ。状態異常の類はもうありません」
「まさか、指輪が呪物だったとはな。ハルト殿、没落貴族のプラエトリアニとなってくれた上に、私の命まで救ってくれた。老いぼれの身では一生かけても返す事のできない程の恩……」
「そんな、困ってる方が僕の力を必要としているなら、当然助けます」
「なんと立派な。君の親はよほど立派な御仁なんだろうな」
「はい。捨て子だった僕を拾って育ててくれた師匠のことは世界で一番尊敬しています」
「そうか、良い師匠のもとで育ったのだな。ところで……、ハルト殿は、独身か?」
「は、はい。僕はまだ15ですし、まあ、訳ありでして、恋愛というものをしたことがありません」
「そうか、独身か! どうだ、アリーサをもらってくれんか?」
「な!? お祖父様、何を!」
「なんじゃ? 星遺呪物破壊など、<星神の加護>がないとできない芸当じゃぞ! ハルト殿は星の子じゃ。必ず何か大きなことを成し遂げる、そういう星の元に生まれておるのじゃ。わしは気に入ったぞ! アリーサは嫌か?」
「私はハルトよりも年上で、その……私にはお家再興という使命があります。結婚など考えられるはずがありません!」
「じゃ、じゃあ……! あたしがハルトさんと結婚しようかな……なんて?」
「おお! ファナ! よし、ハルト殿、ファナを嫁にもらってくれ!」
「え!? お祖父様! ファナ! 私は……」
「ちょ、ちょっと勝手に話を進めないでください!」
「おお、すまない。わしも久々の会話で少々はしゃぎすぎたようだ。少々疲れた。ハルト殿、そういうことで二人のことをよろしく頼む」
「「二人のこと!?」」
はしゃぐだけはしゃいだカールさんは、事切れるように睡魔の手に落ちた。したり顔でいびきをかきながら眠る老人の横で、顔を赤く染めた美少女2人がいた――。
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