第22話 対決! アルガーポ・ガラシス


「こんばんは。アルガーポ・ガラシス様」


 窓からスマートに侵入し、ガラシスの腕ごと床に落ちたボロボロのファナを抱きかかえて挨拶する。

 悔しさからだろう、ファナの目から涙が溢れて止まらないでいる。


「何者だ、貴様は?」

「この娘の知り合いですよ。この娘の姉が僕の主なんです」

「……。一応聞くが、私に何の用だ?」

「旅の途中で誘拐されて<隷属の首輪>をはめられた竜人<ドラゴニア>の少女を助けたんですが、誘拐犯の話で少女の<隷属の首輪>はアルガーポ・ガラシスという貴族の所有物らしく、外せなかったので外してもらおうと訪ねて来たわけです。

 あと、アルガーポ・ガラシスの情報を集めていくうちにとんでもない噂を耳にしまして。なんでも、拐って来た人に無理やり<隷属の首輪>を付けて虐待用奴隷として地下に監禁して非人道的な行いをしていると……。ついでにそれも確かめに来ました」

「……」

「結果、あなたの屋敷の地下を調べるために飛び出して行ってしまったこの娘のお手伝いをすることになったのですけどね」

「……」


 ガラシスの質問に淡々と答えてみたが、ガラシスは腕を切り落とされたにも関わらず顔色1つ変えない。まあ、いつものように僕らごと事件を抹殺するつもりでいるんだろう。


「ん……、うーん……」

「ファナ様、大丈夫ですか?」

「ハ、ハルト……さん……」

「まったく、夜遊びなんて、貴族のご令嬢がはしたないですよ」

「はは……。あたしはただ、なかなか来ない友達を迎えに来ただけ……って言い訳してみたり?」

「ええ、わかっています。そこの窓から2人のやり取りをこっそり伺ってましたから」

「いけると思ったんだけどな……。誰も裁けないならあたしが裁いてやる! て屋敷に乗り込んでガラシスのところまで来たのはいいけど、無様に返り討ちに合って捕まって……。ほんと世話ないね」

「いいえ。その友達想いのファナ様の行動は尊敬に値します。ただ少し、工夫が足りなかったですね」

「あたしの身体……ぐちゃぐちゃだよね。死ぬのかな……?」

「確かに骨折箇所も多いし、折れた骨のせいで内蔵も損傷していますが、僕がいるのでファナ様は死にません。さあ、ガラシスを倒して、ファナ様のお友達も地下に監禁されている人たちも全員解放して家へ帰りましょう」

「もし、生きて帰れたら、母上と姉上にすごく怒られるんだろうなあ……」

「それは確定事項です。しばらく、この中で休んでいてください。《スパティウムリーマ》!」


 マナをたっぷり含んだ球体の防護壁がファナを覆う。

 この程度なら、決着までには回復するだろう。


「……今、この私を倒すと聞こえたのですが、聞き違いでしょうか?」

「そのつもりですよ。あなたを倒さないとニィズを……、この屋敷の地下にいる人達を<隷属の首輪>から解放できませんから」

「やれやれ、ガキどもの間に正義の味方ごっこでも流行っているのですかね? 最近やたらと私を悪役に仕立てて挑んでくるガキが増えて困っているんですよ。私に濡れ衣を着せようとする何者かの差し金でしょうか? まあ、調子に乗ったガキを躾けるのは大人の義務ですから徹底的に向き合ってあげてるんですけどね」


 不釣り合いにも着飾った伸縮性に優れた素材で作ったであろうスーツの襟を正す。その上着のポケットから見覚えのある缶を取り出し、中に入った丸薬のようなものを無造作に口に流し込む。

 ボリボリボリボリ噛み砕きゴクリと飲み込む。


『あれは、11代目の作った<能力向上マル秘特攻薬>!』

「だね。あの缶デザイン、師匠が時々ギルドに卸していたやつだ」

超速再生リジェネイド!」


 この部屋に転がる死傷者らが釣り上げられた魚のように床を跳ね狂う。どうやら仲間から血肉もろとも魔力を吸収しているようだ。ガラシスの身体に魔力がみなぎっていき、腕のないガラシスの肩が泡立つようにうごめくと、ニュルニュルと新しい腕を形成していく。転がる死傷者は一瞬にして乾ききったミイラとなり果てた。


「この丸薬は、ギルドのやつとは一味違いますよ! 賢者フェリオスの丸薬をベースに我がギルドがある魔草を配合し、リミットを解除した<能力超向上マル秘特攻薬>でね。スピードもパワーも自分の身体がぶっ壊れるんじゃないかと思うぐらい跳ね上がるんですよ! ただ、改善点がありましてね……。目に映る者全てを殺したくなってしまうんですよ!

 さあ、薬も効いてきた! 躾の時間です。大人に楯突いた貴様らガキどもには、悔やんでも悔やみきれないほどの地獄の苦しみをもって更生してもらいましょう! そして、私に楯突いた貴様らの末路は死! 内蔵をえぐり出し、八つ裂きにして魔物のエサにしてくれるわ!」

「やれるものなら、どうぞ」

「ガキがあああああああああ!!」

 

 顔の血管を膨らませ、こちら目がけて前のめりで突っ込んでくるガラシスは、僕の移動とともに進路を変え、ドガンッドゴンッドガンッと床を踏み潰しながら迫ってくる。

 ガラシスの力量を測ろうする僕と、壁際に追い詰め逃げ場を限定しようとするガラシス。僕が背後に障害物を感じた瞬間、ガラシスが床を踏みしめ側面からの急迫してくる。視界の中で凶悪なガラシスの顔がググゥッと大きくなり、左から大岩のような拳が迫ってきた――!


(ブゥゥンッ!)


 飛びかかり振り抜かれた拳の大振りを、僕もまた床を蹴りガラシスの太い腕をポンっと触り宙に身を投げる。

 ガラシスの拳は、その体格に見合った作りの大きな机を粉砕した。机の上にあった書類が舞い上がる。

 身長3mを超えるガラシスの屋敷は、当然自身の身体に合わせ建てられているので、周辺の貴族の屋敷と比べてかなりの大きさがあり、部屋も広ければ天井も高い。僕が飛び跳ねするには十分な空間がある。

 間髪入れず身をよじって大振りしてくるガラシスの右拳から、その腕をくぐるように頭から飛び込みこれを回避し、バックステップで間合いをとる。毛先に少し風を感じた。今度は、右腕に薙ぎ払われたソファーが壁にぶち当たって砕け散った。巨漢の割に俊敏さがあり、腕の振りは速い。それも強靭な下腿が生み出す体幹が可能にしているのだろう。薬の効果であがった身体能力に振り回されていない。


「ほう。この攻撃を回避するとは、驚きましたよ」

「あなたもオークにしては速いですね。少しだけ驚きました」


 逆鱗に触れたのだろうか、顔面は怒りに満ち、無言で踏み込んだ太い右足とともに長いリーチの剛腕が再び僕に襲いかかってくる。


「私を、オークと呼ぶなああああああああああああ!!!」

 

 大力無双……。この圧倒的な力で振るわれる暴力で、相手を自分の思うがままに従わせてきたのだろう。剛腕は唸りを上げて僕の眼前に迫ってくる。だが、今度はそれを左手で受け止めてみせる。


「なっ!?」


 目を見開き驚きの様子を見せるガラシスに僕は首を横に振ってため息をついて見せる。

 まるで足りない……。

 あの魔人の足元にも及ばない――。


 拳を振るった格好で固まるガラシスの鳩尾にめり込んだ僕の右の拳の痕。生えてきたばかりのガラシスの腕は攻撃の衝撃で再びもぎ取れ、それを掴む僕との間に距離ができている。驚きの表情に口をあんぐり開けて、ドサッと膝から崩れ落ちた――。


「ガハッ! ゲッホゲホ……!? 何が起きた……?」


 ぺたんと座り、前かがみに脱力するガラシスが息苦しそうに声を吐き出した。オークの特徴的な鼻と口から粘りのある液体が太い糸を引いて床にボトボトと垂れ落ちる。


「《ステラ・ブロー》……。武術と魔術を合わせた徒手格闘術の技の1つです。ファナ様の想いを込めて殴ったのですが、まさか1発で沈むとは……。まだ、ニィズ、ファナ様のお友達、あなたが苦しめてきた人たちの分まで殴るつもりでいたので正直ガッカリですよ。

 死ぬまで殴り続ける、そんな趣味は僕にはないので、これでおしまいですね」

「ゲホ……本当に何者だ……貴様は……」

「<ハルト・プラエトリアニ・フィッツローズ>。以後お見知りおきを、アルガーポ・ガラシス様」

「フィッツローズ家のプラエトリアニだと……」

 

 僕は左手に持ったガラシスの右腕だったものをぽいっと本体へと投げ返し、すでに十分に回復しているだろうファナのもとへと向かった――。


 

◆ヘルプ

《スパティウムリーマ》:十一代目継承者・賢者フェリオスのユニークスキル

 傷ついた対象を水晶のような球体の防護壁で覆い、クリスタル内に満たされた術者のマナの力を使い対象の傷を徐々に癒やす。高位レベルになると物理、魔法攻撃が無効となり、身体の欠損部分を再生させたり、死亡直後なら蘇生させたりすることもできるが、要する時間はその術者の力量によって変わる。

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