第20話 フィッツローズ家


「王都は、連なる切り立った山々で半分を、もう半分を高い城壁で囲んで造った城郭都市です。山側には城を中心にして、王族や貴族、大富豪などが住んでいて、川を挟んだ城壁側にはその他の様々な人々が住んでいます。城壁側は、東区、中央区、西区、と区切られていて、中央区にはギルドや商店、病院などがあり、住宅の多い東区と西区では、西区の方にやや身分が高い者や富裕層が多く住んでいます。領地を持たない辺境騎士伯は一応貴族ですが、山側に居を構えることも療養も許されていません。なのでお祖父様は中央区の病院で療養中です」


 再び橋を尻目に今度は左に曲がって歩く夕暮れ時、逆光で伏目がちのアリーサが綺麗で立派な屋敷が視界に入る通りで身振り手振りをまじえて説明してくれた。


 パイヴィの店を出てから、アリーサの案内でポーションや毒消しの補充のため道具屋に行ったり、ニィズの服を新調するため子供服の専門店へ入ったり、と少し街をぶらぶらとしている。

 ニィズの服購入のため入った店で奴隷の客は毛嫌いされると思ったが、王都の貴族の中には奴隷を人形のように着せ替える趣味の者も多くいるらしく特に問題はなかった。むしろ、ニィズの可愛らしさが店員の心に火を付けたらしく取っ替え引っ替え服を着せ替えていく。

 結局ニィズの服を選んだのはアリーサで、灰色の髪に合わせ、黒を基調とした紫のラインがアクセントとなったローブを選んだ。<隷属の首輪>をごまかすためにタートルネックのものを選んであげようとしたが、首を横に振り僕のマフラーを指差したので、仕方なくデザインの似ている薄地の白いマフラーを選んで上げた。

 店員がアリーサにも同じようなマフラーを薦めていたが、さすがに断っていた。髪色が似ているせいか、僕らを親子と思ったのかな? いや、さすがに見えないか。





「ここよ」


 アリーサが一軒の邸宅の前で止まり、玄関に付いていた猫のドアベルを鳴らす。しばらくして、奥からバタバタとした足音が近づいてくる。


「誰だ?」


 ドアの向こう側から、若い女性? いやもっと小さな子の声が聞こえた。


「私だ」

「アリーサおねぇ……! あ、合言葉! 『お化けクジラは』」

「合言葉ね。確か……『石になる』だったかしら」


 ロックを解除する音とともに勢いよく扉が開かれると、勢いそのままに小さな女の子が飛び出してきて、アリーサにひしっと抱きついた。見上げながらモジモジする少女の金色の髪をアリーサが優しく撫でる。


「リーア、どちら様?」

「アリーサお姉さま!」


 家の奥から聞こえてきた声に、少女が元気いっぱい答えると、再びバタバタと足音が近づいてきて、ドレスにエプロンをした優しそうな女性が姿を現した。どことなくアリーサに似ている。


「母上、 只今帰りました」

「アリーサ……、おかえり!」


 やっぱりアリーサの母親か。久しぶりの再会なのか、母は娘をしっかりと抱き寄せる。子を想う母心と言うやつだろうか。その目には薄っすらと涙が光っていた。足元にしがみついていた少女も二人に挟まれながら負けじと足まで絡めて強く抱きつき直している姿でも、離れて暮らしてはいるがアリーサが家族に想われていることがわかる。


「アリーサ、こちらの方たちは? ま、まさか、恋び!?」

「いいえ母上。ハルトとニィズ。フィッツローズ家のプラエトリアニであり、クランメンバーです」


 アリーサの即答に少しがっかりした様子を見せた母親だったが、先程の店でも親子と間違われたアリーサにとっては予測できた勘ぐりへの反応だったのだろう。


「まあまあ! それはそれで嬉しいお報せね! こんにちは、ハルトくん、ニィズちゃん、私はアリーサのママ、アクリナよ。みんなフィッツローズ家の、アリーサの力になってくれてありがとう。長旅で疲れてるでしょ、さあ、中へ入って」


 僕とアリーサの手を取り、僕の手を握るニィズもろとも引きずり込む勢いで家の中へと引っ張る。


「宿はとってないわよね?」

「ええ。空いてる部屋を使ってもらおうと思っているので」

「ハルト君にはその空いてる部屋を使ってもらうとして、ニィズちゃんは女の子だからアリーサと一緒がいいのかしら?」

「この子は、あたしたちと一緒の子供部屋でいいんじゃないかしら」


 金色のウェーブの髪を右手で払いながら言うニィズより少し年上に見えるリーアの先輩風に、ナーラン商会からずっと僕の手を握っていたニィズの手に力が入り、いやいやと首を横に振る。


「ニィズ、ハルト、一緒いい」

「ふん! あなたニィズって言うのね。手なんかつないじゃって、ニィズはまだお子様なのかしら? だったら大丈夫よ! 子供部屋には、アリーサお姉さまにもらった大っきなクマのぬいぐるみもあるし、着せ替え人形もおもちゃもたっくさんあるわ。ベッドも大っきいから二人で寝ることだってできるのよ!」

「ニィズ、ハルト、一緒……」


 どうやら、リーアはニィズと遊びたいらしい。ニィズの手を取り子供部屋に連れて行こうとするが、ニィズは頑として僕の手を放そうとしない。抱いていたウサギのぬいぐるみをニィズに向けチラつかせるリーアの誘惑もあまり効果はないようだ。

 しかし、ニィズのこの人見知りと甘えん坊はなんとかしたい。僕やアリーサが一緒なら歳の近いリーアと打ち解けてくれるだろうか……。あとでアリーサと相談して試してみよう。


「ゴハン、おいしい!」


 アクリナさんが夕食として作ってくれた料理がテーブルいっぱいに並んでいる。僕の隣に座るニィズが笑顔満開で美味しそうに食べながら僕に言う。


「あら、ありがとうニィズちゃん。お料理いっぱいあるから、たくさん食べてね」


 アクリナさんの方も美味しそうに食べてくれるニィズを見てニコニコと微笑んでいる。人間嫌いの師匠との二人旅では鹿や猪の肉に調味料振って焼いて食べることが唯一のごちそうだったので、アリーサの手料理といい、アクリナさんが作ってくれた料理といい、僕は今、人生で最高の食生活を送っていると断言できる。さほど高品質の食材を使っている訳ではないが、いろんなスパイスの香りが嗅覚を通して食欲に拍車をかけてくる。

 アリーサの料理スキルは母親の影響を多分に受けているのだろう。急な来客なのにもかかわらず、ランチョンマットから、皿やグラス、ソースや香草、花瓶に活けられた花までが、食卓を華やかに彩っている。

 

「ときに母上、ファナは?」


 アリーサの言葉に、その表情を一瞬にして曇らせるアクリナさん。一呼吸してアクリナさんが、アリーサの方へ顔を向け、ゆっくりと口を開いた。


「ファナは、無茶をしようとしています」

「無茶?」

「どうやら……、大貴族アルガーポ・ガラシスの暗殺を目論んでいるようなの……」

「!? あの、馬鹿もの!!!」


 僕も驚いたが、それ以上の驚きでアリーサが声を荒げ、テーブルを叩いて立ち上がる。


「屋敷の地下に囚われていると噂の奴隷たちを解放したいからだそうよ……」

「……」

「ファナさん? というのは?」

「フィッツローズ家の次女。私の妹だ」


 テーブルの上の飲み物がグラスの中で揺れるのを眺めながら問う僕にアリーサが答える。


「落ち着いてアリーサ。ファナも自分を過信する子じゃないわ。今は討伐依頼をこなして力をつけているところよ。なんとか思いとどまるように手は尽くしているのだけれど……。

 ただ、相手は王国の後ろ盾があると噂のアルガーポ・ガラシス。失敗したらファナもフィッツローズ家もどうなるかは火を見るより明らか。だから、今はファナを思いとどませるだけの最善策を模索中なの……」

「そうなのですね……」


 アリーサはスッと椅子へと座り直し、グラスの水を一口飲み落ち着きを取り戻す。


「あら、噂をすれば影が射すってね」

「?」

「ただいまぁ」

「ファナ姉、おかえりなさい!」


 話が一段落したところでアクリナさんの目線が僕の向こう側へと映り、そこには腰に短剣を差し汚れた軽装鎧を身につけた、いかにもクエストをこなしてきました、という風なショートカットの少女が立っていた。


「相変わらず、無茶をしているようですね」

「今日だったんだ……帰って来るの。姉上は……、なんか雰囲気、変わったね」

「そう?」


 足音はおろか、気配にすらまったく感じなかった……。食事と会話に夢中になっていたせいもあるが、少女の全てが僕の常時発動している『感知スキル』に反応しなかった。


「ファナもおなかすいてるでしょ? さあ、一緒に食べましょう。あ、その前に手洗いとうがいね」

「ほーい」


 軽い返事とともにファナと呼ばれた少女は身軽にきびすを返し去って行く。足音ひとつ立てずに……。

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