第19話 専用武具


「確か、君たちはアストロロジャ<占星術師>の専用武具を求めて王都まで来たんだよね」

「ええ。私の父が使っていたものを今はここ王都に住む母が管理しているので、それを取りに」


 ここは、パイヴィ商会の倉庫の隅にある応接室。

 僕らはパイヴィを対面にして座り、アリーサが紅茶が入ったカップとソーサーを品よく両手で持つパイヴィに応える。


「占星術師の専用武具ということは、<サイン・ドライヴ>だね」

「サイン・ドライヴ? カードが50枚ほど入るカードホルダーでは?」

「カードホルダーはタロットカードを入れる占い師の専用武具だね。占星術師の専用武具サイン・ドライヴは、両手にガントレットのように装備して使うんだ。とは言っても武具自体に大した防御力はなくて、サインと呼ばれるスロットが12個、左右の腕に6個ずつあって、そのスロットにスキルカードをセットして戦うんだ。まあ、これも調べた限りの情報で実際に戦闘をするところは見たことがないけどね」


 今度はパンケーキを口に持っていこうとしていたアリーサと顔を見合わせ、アイコンタクトで会話するが、アリーサは首を横に振って知らなかったことを表現する。


『初耳ね』

 

 あのルナでさえ知らないらしい……。

 スキルカードをセットして戦う……。たしかにこれまでは、その場の状況に応じてスキルを1枚ずつ具現化して発動してたけど、それが必要なくなるのか? それともルナがやってくれているバフや回復のサポートが、スキルカードをセットしておくことで必要なくなるのか?

 つまり、ルナは必要ない……?


『ちょっと!』


「サイン・ドライヴですか……。<オゼンセ>の武器屋でそんな感じの武器は見た記憶がないのですが、武器屋に行けば普通に買えるんですよね?」

「いや、買えないだろうね」

「え!?」

「サイン・ドライヴの存在自体があまり知られていないからね。そもそも使い手の母数が小さい物を仕入れる商人なんていないし、メイン職が占い師や占星術師とわかった時点で冒険者を諦める人が多いからね。取り扱う店もないってことだよ」

「ここ王都の武器屋ならあるんじゃ? 品揃えも多そうだし……」

「うーん、買い取りする物好きな武器屋がいない限り、ないだろうね」


 今まではめていなかった腕のガントレットに息を吹きかけ、それをきれいな布で磨きながらパイヴィは言う。


「ところでパイヴィ、その腕にはめているものは何ですか? ガントレットにしては軽そうで脆そうに見えます。それに先程、それを見ながら『この武器を使う人は』って言っていた気がするんですが」

「ん? そうだったかい? これは『サイン・ドライヴ』っていう占星術師の専用武器でね」

「「!?」」

「いやあ、まさかレア職業の占星術師に会えるとは思っていなくて。思わず倉庫から引っ張り出してきちゃったよ。駆け出しの頃に騙されて掴まされたアイテムをまさかここでお披露目できてるとは、ボクは今とても満足しているよ」

「パイヴィ! ぜひ、それを僕に売ってく……」

「ちょっと、待ってくれ!

 駆け出しのころだったとはいえ、市場に出回らない超レアな武具と聞いて大枚はたいて仕入れた大事な思い出の品なんだ。

 ああ、これを手に入れたときには興奮したよ。大儲けできることを確信して皮算用もした。王都に自分の店を構えて、王族や貴族を相手に商売するんだ! 商会はどんどん大きくなって使用人も増えて、周りの同業者からも一目置かれる存在になって、『あいつは若いのに凄腕だ』って称賛されて、ついには王都一の商人になっているんだ。

 それがどうだい! 超レア職業の超レア武器と言われて買ったこのサイン・ドライヴが、よりにもよってパーティーのお荷物と言われる最弱レア職業のボロスコープこと占星術師の専用武器だと知ったあのときの絶望感!

 ――ああ、騙されたのさ……。新米のボクに良くしてくれていた行商人にね!

 これを持ち帰る時の御者台でニヤニヤして妄想をしてたボクの顔は、さぞかし気持ち悪かっただろうね……」


 興奮するあまりいつの間にか立ち上がっていたパイヴィが、ボクっ子となり天井に向かって怒り混じりにひとしきり思い出話を吐露した後、大きく息を吐いてストンとソファーに座る。そして使用人がカップに注いだ紅茶をアリーサを真似て両手で持つとグイっと一気に飲み干す。


「とまあ、こんな黒歴史を暴露したところで本題に入るよ。待ち焦がれたよ、ホロスコープ・ハルト」

「やめてください。そんなダサい名前で僕のことを呼ぶのは。アストロロジャ<占星術師>です」


 名前の頭に『ホロスコープ』を付けると、とてつもなくダサくなる。というか、冒険者界隈では『ボロスコープ』とかイジられ悪口になっているまである。確かに『アストロロジャ』なんて単語を口にする機会はそうないだろうし、言い慣れないし聞き慣れないけど……。さてはパイヴィ、過去に負った占星術師絡みのトラウマを僕をイジって癒そうとしているな。なぜかとても申し訳ない気持ちがあるから、その仕打ち甘んじて受けるが、全ては占星術師が無能だと決めつけているやつらが悪い……。フィッツローズ家再興と同時に、占星術師の悪いイメージの払拭もしていってやる。


「実はね……、この<サイン・ドライヴ>をボクに売りつけてきたのが、まだ、爵位もなかった頃のアルガーポ・ガラシスなんだよ……」

「……」

「まあ、ガラシスは僕のことなんて覚えてちゃいないだろうけどね。おまえは今までに食べたパンの個数を覚えているのかい? ていうあれさ。星の数ほどいる騙されたやつの一人だろうから、今でも僕のことを平然と呼びつけるんだろうね。騙した相手だとも知らずに……」

「私たちを支援してくれる理由は、恨み……からですか?」


 アリーサが神妙な面持ちで尋ねる。


「いや、恨んではいないよ。商人って言うのはそういうことを見極め判断するのも仕事のうちだからね。授業料だと思ってるよ。

 でもね、虐待奴隷にするために人拐いの依頼を出したり、悪行に口を出させないために権力を買ったりするのに騙し盗ったお金が使われていることにボクはどうしようもない嫌悪感を抱くんだ。自分で稼いだ金だ。何に使おうが勝手だろ、とよく言うが、本当にそうなのか? 違うでしょ……、己の快楽のために罪もない人たちを無理やり拐ってきて、虐待用奴隷にして痛めつけて殺す。死体は袋に詰められ馬車に乗せられて平然と王都の門をくぐって魔物の住む森に投棄されていく。こんなことが許されるのかい?

 僕はね、ガラシスの所業をずっと憎み続けているよ。絶対に奴を生かしていてはいけないと心底思ってる。ガラシスに加担する奴らもみんな腐ってる。ガラシスに逆らえないボクも含めて……ね。

「……」

「もう一度確認するけど、君たちは本当にアルガーポ・ガラシスと戦うつもりなのかい?」

「……ええ」

「だね。ニィズの首輪を外してもらうのが目的だけど、きっと話が通じる相手じゃないことはパイヴィの話からもわかる。必ず戦うことになるだろうね」

「そうか、ガラシスと戦う者が現れたことで、抗う力のなかったボクに、抗う術ができた。ハンナ、例のものを持って来てくれ」

「かしこまりました」


 ハンナと呼ばれた使用人が黒いトレーに何かいろいろなものを乗せてやってきた。


「まずはこれを受け取ってくれ」


 ジャラッと確実にお金が入った袋をトレーごと僕らの方へ差し出す。


「いやパイヴィ、僕らはもう十分貰ったよ。あれだけあれば色々と助かるし、それにガラシスと戦うのはニィズの首輪を外してもらうことのついでだから」

「いや、そんなわけにはいかない。君たちには万全な態勢で事に当たって欲しい。だから、できる限りの援助はさせてもらうよ。とりあえず、何も言わず受け取ってくれ。君たちが戦おうとしている相手にとって、こんなのは端金だろう。財力で戦うわけではないが、金で解決できることもある」

「はあ……」


 パイヴィの性格からして引かないだろう。無理矢理にでも僕らのカバンやポケットにねじ込んでくる。


「それと、これをハルトに」


 パイヴィは自分の左腕にはめていたサイン・ドライヴをおもむろに外しテーブルの上へ置くと、ハンナから受け取ったもう片方を添えて置いた。


「覆車の戒めとして我がナーラン家の家宝にするつもりだったけど……。

 サイン・ドライヴを持つボクの前に、圧倒的な力を示してくれたアストロロジャ<占星術師>のハルトが現れた。そして、そのハルトが今、この世の大悪に立ち向かおうとしている。――何か因縁めいたものを感じているよ。このサイン・ドライヴでガラシスを討ち果たすことができるなら、何もできなかった自分のやりきれない思いもきっと晴れるだろう。これは非正規の依頼だけど、ガラシス討伐依頼達成の前払い報酬としてハルトに譲るよ。

 ――必ず、成し遂げてくれると信じて……」


 僕らは頷き、パイヴィから大金とサイン・ドライヴを受け取りナーラン商会を後にした――。

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