第17話 王都ハンスブルック

 王都までの最後の宿場町<ノートローフ>を早朝に出発、お昼も済ませた昼下がり、ガタゴトと揺れる馬車から見える風景も変わってきた。

 視界に入る景色は、自然よりもきちんと区画整理された道や農場、建物が多くなって、柵で囲まれた農作物や畜産物の周辺では、人や荷車の動く影がちらほらと見える。


 王都周辺ではさすがに魔物は出没しない。時折り、山や森の方からなんの動物かわからない遠吠えが聞こえてきたりするが、誰も慌てる様子はない。

 パイヴィが質問に答える。山や森の中には多くの魔物が存在しているという。それでも人里に被害がでないのは、この肥沃な土地がもたらす恩恵にあるのだと。

 山や森には一年中途切れることなく果実や木の実がなるおかげで魔物以外の鳥獣も多くいる。食べきれないほどの豊富な食料があるなら、わざわざ衛兵や冒険者が見回る人里に下りて、家畜を襲ったり、畑を荒らしたりなどの危険を冒す必要がないのだ。

 ただ、採取クエストで森や山に入らなければいけない場合がある。そこで運悪く魔物に遭遇してしまった場合、こちらがテリトリーに侵入したのだから問答無用で襲われるのは仕方のないこと。話し合いなどできる相手ではないので、豊かな自然に育まれて肥えて活力に満ちた魔物との命のやり取りをしなければならないのは冒険者にとっては骨が折れそうだ。


「うおー! 帰ってきたぞ! 王都だ!」


 御者台から、叫ぶパイヴィ。僕は荷台から御者台に身を乗り出して馬車の進行方向の先を見るが、見えるのは白く高い城壁。城壁の向こうには、てっぺんに旗がついた建物の上部が少しと、それよりさらに高い塔が見えるだけで城壁内はうかがい知れない。


 海と山に囲まれた王都ハンスブルックは、パロゥユ大陸の北方に位置するフュンドラン王国の首都である。

 政治、経済、文化の中心で人口は300万人弱。周囲の山々が蓄えた雪解け水が、長い年月をかけてゆっくりと地中深くにしみ込み、ゆっくりと王都ハンスブルックに運ばれてくる。栄養をたっぷり含んだ美しい水で育ったお米や野菜、家畜の品質は格別で、汲み上げた地下水は生活水としても利用される。

 氷河による侵食作用によって形成された複雑な地形の入り江では、山から流れ込む栄養豊富な川の水と、暖流と寒流の二つの海流が交わる漁場もあり多種多様な海産物が穫れる。その恵まれた土地に魅了された料理人たちが本物の味を追求するため集まり競い合い、美食の国としても繁栄してきたことから「食の都」とも、尽きることのない豊富な資源から「千年の都」とも呼ばれる。

 ガタゴトと揺れる荷馬車、その御者台のパイヴィの隣に座り、王都ハンスブルックについて色々なことを教えてもらった。


 だんだんと王都へ近づくに連れ、その城壁の壮大さを実感する。敵の侵入を防ぐにしてはあまりにも高いこの壁は、矢の攻撃や梯子での攻略を困難にする他、大型の魔物や巨人族の攻撃をも想定して作られている。城壁は円状にぐるりと都市を囲んでいて、城壁のさらに外周は川の水を引いて作られた堀で囲まれている。文字通り鉄壁にさらに輪をかける徹底した備えからもわかるように王都ハンスブルックは、難攻不落を目指し作られた城郭都市なのだ。

 パイヴィの解説に、なるほど、と相槌を打つ。


 街の門のところで、数人の兵士が都へ入るための検問をしていた。いつものように、検問を受けるためできている行列の最後尾に馬車をつける。


「こんな安全な行商は初めてだったよ。何度も野盗や魔物に襲われたにもかかわらず、みんな無事で帰ってこられたなんて奇跡ね」


 背伸びついでに御者台から振り向いて言うパイヴィに三人の護衛が力強く何度も頷く。まあ、何度か野盗や魔物に襲われたが、誰一人欠けることなく旅ができたのは間違いない。宿も食事も言う事なかったしなあ。


「ハルト、あんた一体何者よ。あたしら全員急に力がみなぎってくるわ、怪我も病気も状態異常もあっという間に治すわ、どう見てもCランクのプラエトリアニだと思えないんだけど……」

「いやあ、僕は特に何もしていないけど……。作戦通りことが運んだというか、みんなの連携が良かったというか」

「いやいや、謙遜しなさんな。ほんっとハルト様様だったよ」


 三人の護衛と、今度はアリーサまでが力強くうんうんと頷く。

 いや、本当に僕は敵1匹倒していないし、馬車も降りずに周囲の索敵、敵が襲ってきたら味方へバフ、敵にデバフと、これといった活躍をしていないので、そこまで手放しで褒められると少し気まずい……。むしろ、若干腑抜けていたなんて口が裂けても言えない。

 はぁ、強い敵と戦いたい……。いや! 戦いたくないよ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る