第15話 闇ギルド《スコルピウス》

 取り押さえた誘拐犯どもを衛兵に預けた足で僕らは夕食をとっている。もちろん、宿の親父さんにおすすめされたこの町の名物であるクァリー専門店でだ。

 うーん、なんか思ってたものとは違うというか、何か物足りない。

 僕の隣であらためてニィズと名乗った竜人(ドラゴニア)の少女が不器用にスプーンを使いながらおいしそうにクァリーを食べているので不味くはないのだが。ニィズの汚れた口元をナフキンで拭いてやる。

 顔の痣も全身にあった傷も綺麗に消えている。《スパティウムリーマ》で治療してあげたのだが、「痛い、ない!」と笑って言ってくれたのでもう大丈夫なのだろう。心の傷の方が心配だが……。

 

 誘拐犯たちは有り金全部を差し出した挙げ句に泣きながら衛兵に突き出してくれと懇願してきた。有り金を拒否した僕に、よほどガラシスのところへ案内するのが嫌だったらしく、服まで脱ぎ始めたので、違う、そうじゃない、汚い金などいらないと真意を告げ服を着直させてから、ニィズと『雌ドラゴニウムの捕獲』の依頼書を頭と呼ばれていた男から譲ってもらった。


「ハルト、会いに行こうとしているその人物、とても危険だよ……」


 クァリーを平らげて水を飲んだパイヴィが続ける。


「誘拐犯が言っていたガラシスって言うのは、アルガーポ・ガラシス辺境伯。オーク族との混血で身長は3メートルを超える巨漢の成り上がり大貴族。

 私もその非情さと権力に逆らえず何度か取引させられたけど、強欲で金に汚くて、虐待するためだけに奴隷を買い漁るクズ野郎だ。奴隷を扱ってない私にも、エルフや獣人を扱っている商人仲間はいないか、希少種族なら高く買取るぞと、会うたびに詰め寄って来る。虐待用の女奴隷への執着心には 嫌悪の情をもよおすほどだったよ。

 噂では、王都の屋敷には秘密の地下室があって、そこの牢に奴隷たちが入れられ、ひどい扱いを受けていると聞く……」

「なぜ、王国は動かないんですか?」

「闇というやつだよ。国家予算の三割がアルガーポ・ガラシス辺境伯の働きによるものらしくてね。爵位領地諸々その金の力で授かったものだ。

 王国は、国政に口出ししないことを条件に、『辺境伯のやることに国は一切干渉しない』という御免状をガラシスに与える始末さ……」

「なるほど、そのアルガーポ・ガラシスに何かあれば、王国が困ってしまうのか……。でも、国家予算の三割もの金をどうやって稼いでいるんだ?」

「辺境伯など、つまらない肩書きさ。やつの正体は、各国に武器弾薬を売りさばいて巨利をむさぼる闇ギルド《スコルピウス》を牛耳る裏世界のボス。100名以上のプラエトリアニを抱えるランクAのクランはほとんどが男奴隷で、隣国との戦争にもたびたび駆り出されている。その戦いぶりは残虐非道。ガラシス親衛隊が戦った後に残るのは、ぶちまけられた内臓と砕けた骨が浮かぶ血の海だそうだ……。それでも国を守っているのには変わりないから、王を含め、皆まるで腫れ物に触るように接しているよ。そんな奴とまともに話ができると思うかい?」

「……」

「私は商人だ。損得勘定でしか君に忠告できない。

 たった一人の少女のためにガラシスほどの大悪党と関わって得はあるのかい? 君の周りを危険にさらすだけの価値はあるのかい?」


 コップの水を一口含んだパイヴィが神妙な面持ちでため息をつく……。

 この世には、決して存在してはいけない者がいる。平和に暮らす人々を無理やり拐ってきて逆らえないように<隷属の首輪>をはめ、弄んだ挙げ句に命を奪ってゴミのように捨てる。ただ、自分の欲望を満たし、快楽を得るためだけに……。

 そんな奴がのうのうと生きていていいはずがない。

 

 僕らは夕食を終え、宿へ戻った。

 僕から離れようとしないニィズを言い聞かせるように頭を撫でながら少し強引にアリーサに預け、今は僕の部屋でパイヴィと2人、ガラシスの知り得る限りの情報を貰いながら相談している――。


「……やっぱり駆除しよう」

「!? あんた、話聞いてた? どうこうできる相手じゃないことを誇張なく懇切丁寧に教えてあげたのに!」

「わかってる。でも……」


 道徳観を押し付けるつもりはない。奴隷にだって幸せな人もいるだろう。しかし、力ある者が倫理観を放棄することは絶対あってはいけない。

 相手は王国の財政面を支えている人物で、この世界の争いごとを牛耳る闇ギルドを束ねる大物。だからって、地下牢に閉じ込められ不当な扱いを受けている人たちが幸福なはずがない。相手が王国も手に負えない男だから見捨てろとでも?

 ニィズの、こんな小さな子の命までも自分の欲求を満たすためだけの玩具のように扱おうとした鬼畜がこの世界にいる。そんな奴をこのまま野放しにしておくわけには到底できない。いくら国に貢献していると言っても、命を物のように扱う権力など、賊や魔者の害悪と何も変わらないじゃないか。


 王国にガラシスの数々の悪行を直接訴えても取り合ってはくれないだろう。逆にそれが原因でこっちが王国から命を狙われたり、理不尽に罪を着せられたりするかもしれない。だったら始末するしかない。ガラシスの死で王国が困ろうが知ったことではない。

 けれど、そんな王国に属しているアリーサに迷惑がかかってはいけない。この件は僕一人で解決しなければ……。


「どうしてもっていうなら暗殺ね。でも、ガラシス自身が手強いうえに、護衛のプラエトリアニは精鋭揃い。屋敷への侵入は『攻撃特化』や『敵感知』スキル持ちがいるだろうから失敗の可能性が高いでしょうね。下手を打って捕まりでもすれば、拷問という名のなぶり殺しが待ってる……」

「毒にも細心の注意を払っているだろう。『毒感知』のスキルを持っているか、ガラシス本人が持っていなければ、当然『毒感知』スキル持ちが側にいるはずだ」

「だとしたら、狙撃?」

「いや、ガラシス本人の腐った性根をこの拳で叩き直したい……。ガラシスが想定を超えて強ければ失敗してしまうが、それはそれで面白そうだ」


 均等な間を置いてドアが控えめにノックされる。扉を開けるとニィズを寝かしつけてきたアリーサが立っていた。

 アリーサを交え3人でガラシス攻略を考えていると、自分たちも悪の組織のような気がしてくる。アサシンやスパイ、忍者が得意とする闇のお仕事をやろうとしているのだから仕方ないのだが、相手は悪党だし、卑怯でも恥ずべきことはない。正義はこちらにあるのだから。魔物や野盗の討伐クエストをこなすのと同じようにやればいい。ただ、相手が大物過ぎるだけにどうしたものかと思案に暮れている。

 ガラシスとの奴隷引き渡しの場所は王都の別邸と記されていた。王都到着まで時間はあるし、色々な案を出し合って綿密に計画を立てておこう――。

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