第14話 竜人の少女

 翌日、出発の日。

 旅支度は昨日のうちに済ませた。旅の間に必要になるだろうポーションと毒消し、テントに水や携帯食料、着替えやタオルを数枚、それらを【スキルカード《収納袋 Lv.1》】にしまう。プラエトリアニである僕が領主アリーサの荷物を持つのは当然なのもあるが、これから長旅に出ると言うのに【スキルカード《収納袋 Lv.1》】のおかげで、ご覧の通りほぼ手ぶらである。


「もしかして、ハルトはアイテムボックス持ちなの?」

 

 僕は親指を立てて答えるが、パイヴィの僕を見る目は不信感と不安感でいっぱいだった。目を移したアリーサの頷きに一応納得したようだ。

 まもなく、護衛の面々も集まり、すべての準備が整い、僕らは町の門を荷馬車でくぐり抜ける。

 いざ王都へ!


 荷馬車は2頭立て4輪タイプのものでほろも付いている立派な馬車だった。

 護衛は僕ら二人を除いて三名。王都を出発したときには六人編成だったらしいが、不運が重なりこの人数である。

 荷台に全員乗っても余るスペースには、王都からの積荷でいっぱいだったのだろうか。王都の品は王都から離れるほど高く売れるらしく、パイヴィのように危険を冒してでも、より遠くの町へ行商する者も少なくないという。ただ今回の行商は残念ながら失敗で、野盗に根こそぎ持っていかれたそうだ。命あっての物種というが、御者台で馬を扱うパイヴィの顔も王都から一緒だった護衛らも浮かない様子だ。

 

 ガタゴトと荷馬車に揺られ、何事もなく時間は過ぎていく。僕らが暮らす町<オゼンセ>も見えなくなり、幌の横手に付いている網目の窓から外の風景を眺めている。もちろん、ただ荷台で揺られて景色を楽しむだけのお荷物ではない。僕らは護衛である。周囲の警戒は怠ることはない。

 馬車は順調に街道を進み、時折りすれ違う他の馬車に挨拶と情報を交わしながら、王都への道を進む。


 <オゼンセ>を出発して、次の町を素通りし、<ハダースレウ>に到着したとき、ちょうど陽が暮れてきた。


「今日はこの町で宿を取ることにしよう」


 町の入り口で列を作る馬車や人々の最後尾に荷馬車を着けたパイヴィの一言で皆が一斉に背伸びする。

 旅の初日は無事終了である。

 トラブルは無かったが、クッションのない座席に座りっぱなしでお尻が痛いし、警戒のため終止緊張しているせいで精神的な疲労もある。しかし、見慣れた町からでた開放感と違う景色、久々にのんびり過ごす一日はあっという間に過ぎた感じがした。

 さて、初めて訪れる町だ。どんな店があって、どんな宿でどんな食事がでるのか楽しみでしかない!


 完全に陽がくれる前に宿を決めることにする。

 行商というのは、体力をいかに温存して、いかに回復させるかが大切だと言うパイヴィが、<オゼンセ>の宿よりも上等な宿に部屋を取ってくれた。部屋割りは条件どおり、アリーサと僕にそれぞれ個室を用意してくれた。アリーサと僕が男女ということもあるが、男の僕が他の護衛たちと同部屋になれない理由がある。それは、このどんなことをしても決して外れない<隷属の首輪>のことがあるからだ。これのせいで周囲に妙な目で見られたり、ゴタゴタに巻き込まれたりするのは御免だ。他の護衛たちは三人で一部屋らしいが、その条件を呑んでのクエストなんだから文句を言われる筋合いはない。なんなら自腹を切ってでも一人部屋にするし、部屋が取れなければ1人野宿も辞さない決意がある。


 宿が決まり、馬車を預け、落ち着いたところでアリーサとパイヴィと三人で食事に出かける。宿の親父さんがいうには、クァリーという料理が冒険者や行商人に人気だそうだ。香辛料を効かせたスープにパンを浸して食べるものだそうだ。


 クァリー専門店がこの通りの先にあると教えてもらったので、通りの色々な店を眺めながら歩いていたとき、道端から怒号が聞こえてきた。野次馬が集まり、なにやら騒ぎが起きているようだ。


「何だ?」


 厄介ごとに巻き込まれるのは御免だが、知らない土地で気持ちが高ぶっている僕らの野次馬根性に火がつかないわけがない。人込みをかきわけ、騒ぎの中心に辿り着く。そこには数人の男たちに取り囲まれた体中痣だらけの少女がいた。


「奴隷売買のトラブルか?」


 パイヴィが自らの首を指さし、少女の付けた<隷属の首輪>を意味する仕草で推測する。

 剣呑な雰囲気が漂っている。

 廃屋のカーテンのような切れ切れになった薄汚れた服をまとい、後ろ手に縛られた裸足の少女。流れるような灰色の長い髪は、そのみすぼらしさとは対照的にとても綺麗だが、その隙間から見える首には僕と同じように<隷属の首輪>がはめられていた。

 僕はその少女から漏れる禍々しい雰囲気がどうしても気になってしまい、ステータスを覗き見るため《星詠み》を使って少女を『鑑定』してみる。


 ――種族:竜人(ドラゴニア)。

 

 その子が僕の方へ視線を向けたのは、鑑定直後のことだった。

 鑑定スキルに気づいた!?


 十人近い数の男たちが、すでに剣やナイフを抜き、その竜人の子を逃がさないように取り囲んでいる。


「おい、くそガキ。逃げ出すとはいい度胸だな!」


 その中のリーダー格の男が、少女の<隷属の首輪>につながった鎖を強引に引き寄せ言う。


「痛い! ニィズに、痛いこと、いっぱいする、嫌い。痛いは、いや!」

「うるせえ! 奴隷が口を開くんじゃねえ! どれだけの金を積んで手に入れたと思ってやがる! 逃げられちゃあ、全てが水の泡なんだよ! てめぇをある方のところへ連れて行けば、信じられないほどの報酬が手に入るんだ。当分の間は酒にも女にも困らねえ酒池肉林愉快な宴が続けられるんだ。だから、ぜってえ逃がさねえよ!」

「……痛い!」

「うるせぇ! これからお前が売られる王都のご貴族様は相当な変態趣味の持ち主だ。ちょっと依頼より若い雌になっちまったが希少種だ。きっとあの変態ブタ野郎は高値で買い取ってくれる。そこでお前はもっとひどい目にあうだろうよ。四肢の骨を折られ、爪や皮をはがされながら、お前のあげる悲鳴と苦しみもがく姿を見て、野郎は涎を垂らして愉悦の表情を浮かべるんだ。そして、いたぶり飽きたらお前が動かなくなるまで延々と殴り続けられる。お前は野郎の浮かべる薄ら笑いを見ながら……死んでいく。あぁ、なんて可哀相なんだ……」

「……いや、痛い、いや! 放して! ニィズ、おうち、帰りたい!」

「やかましい! 口を開くなと言ってるだろ! 喉を潰すぞ!」


『助けて、おにい、ちゃん……』


 頭の中で響いたのは少女の悲痛な声。間違いない、竜人の子が僕に助けを求めている。これはルナが話すときと同じ感覚だが、ルナとは少し周波数が違う感じがする。

 少女を助けるために今にも飛び出しそうになっているアリーサを手で静止する。


「どけっ! 野次馬ども」


 リーダー格の男が少女の髪を引っ張り上げ、そのままその場から立ち去ろうとする。その部下の男たちも周囲の野次馬に悪態を付きながら横柄にその後に続く。


「《パラライズ》!」


 僕はその集団の足元目掛けて【スキルカード《パラライズ》】を投げる。


「うぎぃっ、な、なんだ……!?」


 対象を麻痺させて動けなくする範囲魔法だ。麻痺した対象は動けなくなり、声もはっきり出せない状態になるが、意識はしっかりしている。話を聞いてもらうためには効果的なスキルだ。さきほど《星詠み》で見た竜人の子のステータスに麻痺耐性があるのを確認しての一手だ。


「えっと、子供相手に大の大人がよってたかって、さすがにやりすぎではと思います。奴隷であっても粗雑に扱ってはいけないと国の法にあったと思いますが?」


 僕は、麻痺して地べたに伏せ倒れた男たちの隠し持つ武器を没収しつつ、対野盗用に用意していた拘束用の道具で一人ひとりの手足を縛っていく。その間にアリーサが奴隷の少女へと駆け寄り、枷と縛られていた縄を解いて抱き寄せる。突然の乱入者に野次馬含めて全員がびっくりしていたが、その光景を見せられて歓声と拍手が沸き起こった。


「ああもう、やっかいごとに首を突っ込んで!」


 頭をかきかき、そう文句を言いながらアリーサと竜人の少女のところへ歩み寄るパイヴィ。


「これ、どう収拾つけるつもり? この町の衛兵に全部丸投げするのよね?」

「それは、なんだか嫌な予感がするな」

「私もハルトくんに同感です」

「この子は僕らが責任を持って故郷まで送り届けてあげるのがいいと思う」

「今、護衛クエスト中なんですけど? その子も衛兵に任せましょう」

「いえ、それはいけません。変態趣味をお持ちの貴族が、事の次第を聞いて黙っているとは思えません。きっとこの町に圧力をかけてきます」

「じゃあ、どうするつもりよ」

「よし! こいつらが言っていた、その変態ブタ野郎のところへ行こう。そして、この子の奴隷契約を解除してもらう。<隷属の首輪>は登録した所有者の魔力でしか解除できないからね」

「やっぱり、面倒事になった……」


 と言う事で、取調べを行うことにする。


「えっと、そろそろ麻痺もおさまってきて話せると思うんですが、先ほどあなた方が言っていた、その変態ブタ野郎の居場所を教えてください」

「てめぇ、ただで済むと思うなよ!」

「うーん、あなたに案内してもらうのが一番でしょうか? なんだかリーダーぽいし。依頼達成の報酬をもらうため会いに行くつもりだったでしょうし」

「な!? 違う、リーダーは俺じゃない! リーダーは、こ、こいつだ!」

「え!? ななななに言ってんすか、かしらぁ!」


 両手を後ろ手で縛られている状態なため顎で指し示された隣りにいた手下が取り乱して全力で否定する。


「今日からそいつが頭領なんだよう……。頼む、頼むからガラシスのところには……」

「ガラシスという方なのですね」

「はっ! 頼む、居場所は教えるから同行は勘弁してくれ! 絶対なぶり殺しにされる……」

「でも、嘘の居場所を言われても困りますから」

「絶対に嘘は言わねえ! ガラシスは貴族だ! 王都に屋敷があるんだ。そこで引き渡す手筈になっている」


 涙目で訴える頭領らしき男。すでに鑑定を終えているので、こいつらが野盗だということは分かっている。ステータスから見て冒険者崩れのものが多い。

 会いに行く人物の情報を仕入れておきたかったのだが、元冒険者の野盗頭領がここまで怯えるほどの奴なのか、ガラシスと言う人物は……。

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