第13話 パイヴィ=ナーラン

 メインにツノウサギのコンフィとイベリアボアの角煮、色取り取りの野菜にこんもり盛られたポテトサラダとバゲット、スープはコーンポタージュ。

 戦闘での立ち回り訓練も兼ね、連日アリーサとともに魔獣討伐依頼をこなしている。クランを立ち上げて一ヵ月、本日クランランクがCランクへと上がり、とうとうダンジョン攻略の最低条件を満たした。アリーサ所有の小さなクランハウスの食堂で、そのお祝いを兼ねて、これからのクランのことを相談しながらアリーサの豪華手料理に舌鼓を打っている。

 Eランクからスタートしてたった一ヵ月でCランクまで上がったのは異例のことらしいが、これもアリーサの向上心の賜である。毎日ヘトヘトになってクエストから帰ってきて、2人分の夕飯を作り、眠りそうになりながら食べる姿をみれば、僕も全力でサポートしたくなるというもの。やや、スパルタ的な無茶振りをすることもあるが、必死に食らいついてクリアしてみせるところもクランリーダーとして恥ずかしくない自分になろうとしているからなのだろう。


 ランクが上がったからと言って僕たちのやることは変わらない。ダンジョン攻略のための訓練と必要なアイテムの準備、そして、急務なのが見どころのあるプラエトリアニのスカウトだ。さすがに2人でダンジョン攻略となると僕一人の独壇場になり、アリーサの経験にもならないし、悪影響を及ぼしかねない。

 とりあえず前衛中衛でバリバリ動けるアタッカー2人と、後衛に攻撃と回復の魔術師2人は確保したい。クランランクがあがろうと、仲間の信頼や連携がないと失敗するだろうし、最悪命を落としかねない。もちろん、簡単には死なない程度には鍛え上げるつもりだが、一刻も早くお互いがお互いをサポートし合えるクランメンバーの絆を築かなくてはならない。僕がいなくても支え合い乗り越えていけるだけの固い絆を。


 



 ギルドの依頼にはいろいろなものがあって、魔物討伐、護衛、採取、調査、荷物や手紙を届ける配達というのもある。職業によって向き不向きがあり、その報酬も命がけになるほど上がる。そうして職業間に格差が生まれている。

 生まれてきたときに神から与えられるメイン職業やスキルが詰め込まれた『ギフト』しだいで運命が定められると言っていい。


 お祝いの翌日、王都へ帰る商人に護衛を兼ねて荷と一緒に王都まで運んでもらう算段を立てていた。アリーサの家族に合うために王都へ行くのだが、別に旅費を浮かせたいとかではなく、道中に詳しいものと同行したほうが良いという考えと、護衛任務の経験をするためだ。

 

「あなた方ですか? 王都までの護衛任務を引き受けてくれるというのは……」


 彼女が声をかけてきたのは、討伐クエストを終えてギルド内の食堂で夕食を食べながら、そんなこんな会話をアリーサと交わしていたときだった。


「そうだけど」


 食事の手を止め、フォークとナイフを皿に置くと口元をナフキンでぬぐったアリーサが答えた。


「本当に?」


 目深に被っていたフードを右手で後ろへやると彼女はしばし、舐めるように頭のてっぺんからつま先までまじまじとアリーサを、次に僕に疑惑の目を向けながら言う。

 さらりと垂れたのは美しく艶のある長い茶髪。肌は白く柔らかそうで、きめ細やかで透き通っている。前髪に隠れがちな目はきれいな二重でぱっちりとして大きく、大きめの黒い瞳が少しだけ幼さを残している。少女以上大人未満といった感じの商人風の女の子だった。


「ものすごーく頼りない二人に見えるんですが、王都までの護衛だよ? 本当に大丈夫?」


 ここはギルド中2階の食事席。彼女は、右手の人差し指で今度は垂れた左髪を耳に掛け、少し間を空けてから、周辺の冒険者に聞こえるようにはっきりとした大きな声で再確認してくる。

 とても冒険者とは思えない体の線の細い2人が、クランや高ランク冒険者が暗黙の了解で使用する中2階で食事をしているのだ、挑発や煽りではなく本心から出た言葉なのだろう。


「ええ、もちろん大丈夫ですよ。きっちり王都まで送り届けてあげます」


 日課の討伐訓練へ行く前にクエストボードに貼っていた『王都までの護衛引き受けます』の貼り紙を見て品定めに来たといったところか。


「私は王都を拠点に行商人をやっているパイヴィ=ナーラン。募集の張り紙を見たわ。ここ座ってもかまわないかしら?」


 四人がけのテーブルの僕の隣、アリーサと対面する席を指差し問う彼女に、アリーサは無言でうなずいた。なるほど聞き耳を立て僕らの評価を店内の客の様子から伺いたかったのか。残念ながらあのギルドでの召喚獣の一件依頼、僕らに関わろうとする者は減ってきている。さらに言えば、ここ最近の依頼達成数とクランランクのアップで人々の僕らに対する評価も変わってきている、ような気がする。


「私はアリーサ。あなたの横に座っているのが」

「ハルトです。よろしくナーランさん」

「よろしく、アリーサ、ハルト。うちも’さん’はいらないわ、パイヴィでいいわ」


 パイヴィが腰を掛け落ち着いたところで、簡単に自己紹介を済ませる。


「早速だけど、王都からここまでの道のりで、魔物や盗賊に何度か襲われて護衛を三人失ったわ。その補充として頼みたいの。依頼書には『クランランクCの2人が護衛します』とあったけど、それに嘘偽りはないのよね?」

「ええ。虚偽の依頼書はギルドに重い処分を課せられますから」


 アリーサは、金色のラメで縁取られた茶色地になったCランククランカードを見せ何のためらいもなく返答する。僕も同じくカードを内ポケットから取り出しうなずいて見せる。まあ、そのCランクにはつい先日なったばかりなんですけどね。


「最低限のランクだけど仕方ないわ。貼り紙に書いてあったけど、成果報酬なしで、食事代と宿代を賄うだけでいいのよね? 道中やむを得ず野宿になってしまうことがあるかもしれないけれど、それでもいい?」

「構いません。しかし、個室を2つ用意していただくのが条件です」

「ええ、若い男女が二人ですものね。見た感じ恋人でもなさそうだし。それでも他の冒険者を雇うよりも安くつくのは、こちらとしても助かるわ。盗賊に襲われたときに荷や金品も奪われてしまって、護衛を雇おうにもお金が無くて困っていたところだから。けれど、もし私と荷を無事王都まで送り届けてくれたら、お二人にはランク相応の報酬を追加報酬として支払わせてもらうことを約束するわ。食事、宿代だけだと危険と労力に見合わないからね。ということで契約成立ってことでいいかしら?」

「出発はいつ?」

「急だけど、明日の朝を予定しているわ」

「ここから王都までどれぐらいかかるんですか?」

「んー。何事もなければ、7、8日ってところかな」

「けっこうあるんですね」

「そうね、10日程度の旅支度はしておいて」


 魔物や賊に襲われるかもしれない危険な旅だが、この辺境の地で、急だがこんなに早く王都までの足を手に入れられたのは幸運だ。

 アリーサの家族にも会えるし、王都観光も楽しみだ――。

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