第10話 盾姫

 宿で朝食を済ませ、約束の時間より少し早めに待ち合わせの場所、道具屋へ着いた。出発前に道具屋に寄って必要な物を揃えようというわけだ。

 ポーションと複数種類のステータス異常回復アイテム、携帯食料と水、ナイフやタオル、指先の出る本革の手袋、方位磁石など冒険に欠かせないアイテムをアリーサに説明しながら購入し【スキルカード《収納袋 Lv.1》】に入れた。しばらくは討伐クエスト初心者のアリーサに合わせて行動する。薬草採取ばかりやっていたアリーサに戦闘経験を積ませるのが目的の魔物討伐クエストだからだ。

 今回のクエストでの僕の役目は、アリーサの戦闘のサポートとアドバイス。そして、クラン結成祝いのサプライズを用意してある。


 門の衛兵と軽く挨拶を交わし、僕らはオゼンセの町を出る。

 移動手段は徒歩。道はある程度舗装されていてわだちもあり、行き交う商人の荷馬車がすれ違うだけの道幅もある。僕らは道の端に寄り、すれ違う商人御一行と軽く挨拶を交わす。馬車があれば、疲れなくもっと速く移動できただろうが、残念ながら馬車を買っても借りても動かせる御者がいない。

 目的地までやっと半分といったところだろうか、前を行くアリーサは、よほど楽しみなんだろう、重装備ながらきびきびと歩いている。オゼンセの町を出発してからほどなくしてニーボルグの森へとたどり着いた。

 

 広がる畑に隣接する森の入り口付近で休息がてら道すがら立てた作戦の最終確認を終えてから僕らは森へと入った。周りを警戒しながら進んでいく。時折広い場所で日差しを浴びることもあり、森の密度はそれほど高くはない。草も膝下ほどで見通しも利く。突然聞こえてくる鳥獣の甲高い鳴き声やカサッと音を立て揺れる草木に、いちいちビクッとしながら森の奥へと歩みを進める。


「気を付けてアリーサ。いるよ」


 森へ入る前に僕は、《星詠み》で自身を中心に360°全方位、特に森の入口付近を特に索敵している。敵感知範囲の10キロメートル以内の生物なら、レベル付きで職業や種族を知ることができ、どの程度の興奮状態か、こちらに敵意を向けているかも色で判断できる。

 

「アリーサの正面と右前方から2体、イベリアボアが近づいてきてるよ!」


 敵感知に表示されているのは、敵意マックスの赤表示、イベリアボアが二体、こちらへ向って突っ込んでくる。僕の言葉にアリーサは立ち止まり背負った盾に手を掛け身構えた。無論、僕が索敵でイベリアボアを見つけて、こちらへ向かうように召喚獣でちょっかいをかけたのだが。


「くるよ!」


 緊張しているアリーサが頷き、二人が戦闘態勢に移行した瞬間、森の中から黒い影が飛び出し、前衛のアリーサを無視して僕の方に襲いかかってきた。


「うおっとと!」


 突進に備え身構えていた僕は身体を捻り回避する。この程度なら未来予測と見切りを可能にする《星詠み》を使うまでもなく難なくかわせる。

 かなりの大物が現れた。山のように迫り上がる背中、全身は泥を塗りたくった茶黒い硬そうな体毛に覆われ、下顎から生えるするどい牙とピンと立ったとがった耳、こいつが暴走する大岩イベリアボアだ。前足で土を掻き、荒々しい鼻息で頭を上下に揺らし、再び今にも突撃してきそうな様子だ。

 一般的な豚や猪を想像していたわけではないだろうが、なるほどギルドに依頼が出されるわけだ。この巨体と凶暴さは一般人がどうこうできるものではない。ものすごい威圧感だ。


「ごめんなさい! 私がタンク役なのに」

「僕なら大丈夫! それよりもう1体! アリーサの方に来るよ!」


 僕が飛び出してきたその1体と対峙していると、感知で捕らえていたもう一体が茂みの枝草を巻き込みアリーサ目掛けて突進してくる。無論、これも僕が仕向けた通りで、初戦のアリーサにいきなり2体のイベリアボアを相手にさせるのは酷というもの。1頭は僕に注意が行くようにヘイトコントロールしてある。


「ゴキーン!!」


 アリーサは避けたりはしない。ガーディアンらしく構えた盾にイベリアボアの体当たりが炸裂し、盾と牙との衝突で鈍い音が響いた。

 アリーサは襲いかかるそいつを正面から受け止めた。渾身の一撃を盾で受け止められ自爆のような形となったイベリアボアは脳震盪を起こしたのか、定まらない目と後退りするふらつく足元から立ち直ろうと鼻をブヒブヒ鳴らしながら頭を左右に振っている。

 坂を転がり落ちてくる大岩のようなイベリアボアの突撃にもびくともしないとは、さすが盾姫の異名をとるだけのことはある。

 動きの鈍るイベリアボアのその隙きを見逃さず、アリーサが盾に収めていた剣を右手で引き抜き、イベリアボアへ剣撃を放つ。

 突進を盾で受け止め、スタンしているところへ攻撃する。

 いいコンボだ。

 だが、アリーサが薬草採取しかできない理由がそこにあった――。

 

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