第8話 プラエトリアニ
案内されたのはギルド内にある応接室。僕とアリーサさんは横並びでソファに座っている。受付のお姉さんがお茶をテーブルへ置いて部屋をあとにしてしばらくすると、ギルドマスターが応接室に入ってきて、僕らと対面する側のソファにどっかりと座った。
「早速だが、これが3体分の《コングベアの毛皮》の代金だ。この書類にサインを頼む」
かなりの金額が入っているであろう革袋が机の上にドンっと置かれ、その横に書類がすっと出された。
「庶民の一生分の稼ぎはある。ちょろまかしたりはしてないから安心しろ。中央の貴族らに高く売りつける皮算用で、むしろ色を付けてるくらいだ。――ところで、《コングベアの毛皮》を持っているということは、《コングベアの魔石》もあるということだよな」
「ええ。ありますよ」
書類にサインをし、バッグの中の【スキルカード《収納袋 Lv.1》】に《コングベアの毛皮》の代金をしまったついでに、《コングベアの魔石》を1つ取り出し机の上に置いた。
ギルドマスターと僕の隣に座っているアリーサさんの目が魔石に釘付けになる。
「でけえ……。こんなでかい魔石は初めて見たぜ……。坊主、いや、ハルト君、こいつの買い取りは?」
「どうしましょう。魔石も3つありますが、特に使い道はなさそうだし……」
「それじゃあ!」
「でも、アリーサさんのこと見て見ぬふりしてたギルドに売るのは……」
「待ってくれ! 別に見て見ぬふりをしてたわけじゃねえ! ちゃんとお嬢に見合ったクエストを見繕ってたし、できるだけ奴らがいない午前中に来るように言ってたんだ! だが、今日はあいつら午前中から酒なんぞ飲みやがって……」
「……うん。ギルドマスターはちゃんとしてくれてる。今日はたまたま運が悪かった……」
「すまねえ、嬢ちゃん」
「んーん、ギルドマスターは悪くない。力のない私が悪い……」
「わかりました。では1つだけ売ることにします」
「マジか! ギルドの修理費はこちらで持つし、片付けも嬢ちゃんを笑った奴らにやらせる! ハルト君には一切の手間は掛けないことを約束しよう」
「それは助かります。正直あんな大惨事になるとは思ってもみなかったので……」
「いいってことよ! それで、他に買い取ってもらいたいものはないか? 珍しいものがあれば、3割増しで買い取らせてもらうが?」
再び、ずっしりと重いお金が入っているであろう大きな革袋が机の上にドンっドンっドンっドンっドンっと置かれた。
「ギルドの保管金を根こそぎ持っていかれたぜ。まだまだ買い取りたいものがあったのに残念だ……」
【スキルカード《収納袋 Lv.1》】からドロップアイテムの品々をドッサリ出したときのギルドマスターの顔はヤバかった。しばらく放心したままその場に立ち尽くしていた。師匠と僕が修行していたのは未開拓地で、倒していた魔物のドロップアイテムは値段を付けられない、というか未知なアイテムで買取価格の見当がつかない超レアなものばかりだったらしい。査定し終わり、書類を作って僕の前に差し出す。
書類にサインをし、【スキルカード《収納袋 Lv.1》】に<コングベアの魔石>1つを含めた代金をしまう。貴族に買い取ったアイテムを高値で売りつける光景でも見えてるのだろう、ギルドマスターの顔が緩くなっている。
「ハルト君の腕を見込んで、折り入って1つ頼みがある!」
緩くなっていた顔を引き締め背筋を正して頭を下げるギルドマスター。
「フィッツローズ家のプラエトリアニになってくれないか?」
「ギルマス、それはダメ! ハルトくんはこの町に来たばかりで、町の状況を見てガッカリしてるはず……。私は情けない当主で、未だ領主にさえなれていない。ダンジョン攻略以前の問題を抱えてる私は、町のみんなにも厄介者扱いされる始末……。ハルトくんの力をこんな辺境で燻ぶらせていいはずない。名のある領主のもとでその力を振るうべき」
「……そうか。たしかにこれだけの魔物を倒せるハルト君の力を欲しがる領主はたくさんいるだろうが……、俺は、嬢ちゃんの……」
「あのぅ、すみません。プラエトリアニってなんですか?」
「!?」
◆ヘルプ
プラエトリアニとは、「貴族の親衛隊員」の意。貴族がその家名の威光を示すためにプラエトリアニを集めて<クラン>を組織する。クランは冒険者のパーティーとは一線を画し、クランの功績で当主の爵位と利用できる施設が決まってくる。
個々のプラエトリアニは家名を冠して<名前・プラエトリアニ・家名>で呼ばれ、プラエトリアニを持つ主である家長は爵位で呼ばれる。
フィッツローズ家の家長であるアリーサは最下位の辺境騎士伯の爵位を持っているが、プラエトリアニはいない。仮にハルトがフィッツローズ家のプラエトリアニとなれば、公式の場では、<ハルト・プラエトリアニ・フィッツローズ>と呼ばれることとなる。
プラエトリアニに所属していない者は、一括りに「冒険者」と呼ばれる。
「なるほど……。アリーサさんをここへ一緒に連れてきた理由はこの件だったんですね。最下位からのスタートですか」
「やっぱ、引き受けてはくれないよな」
「没落した貴族ですか」
「そうだよな。無理を承知で頼んだんだ、仕方ねえか」
「なんだか面白そうです。その話、お受けします」
「「え?」」
「僕で良ければアリーサさんの側に置いてください」
「本当に!? 私のプラエトリアニになっていただけるのですか?」
「マジか!? ハルト君!」
「はい。マジです」
大きな目からこぼれ落ちるアリーサさんの涙が今までの苦労を物語っていた。
こんなに耐えて我慢して頑張ってきた少女を見放して町を出て行くなんてできるわけない! これは僕だけの意思じゃなく、僕の中にある師匠たちの意志がそう決断させた。
それに、美少女が当主の没落貴族が辺境の地から成り上がっていく……。こんなおもしろそうな物語の登場人物になれるなんてやりがいしかないじゃないか!
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