第6話 亀姫

『おはよう、ハルト』

「ふわー……。おはよう、ルナ」

『よく眠れたみたいね』

「お陰様で」

 

 昨日、なんとか宿を取り夕食を済ませたあと、ヘトヘト過ぎてベッドに倒れ込み、そのまま眠ってしまったようだ。

 宿代は少しお高めだが、朝食と夕食付きというのが決め手となった。メニューも日替わりで決まっているのであまり会話しなくていいのもポイントが高い。

 軽く身支度を整え、部屋を出て階段を降り、食堂へ向かう。

 席につくと、小さな女の子が食事を運んできてくれた。

 朝食は、パンにベーコンエッグとトマトサラダ、オニオンスープだ。

 いい、匂い。これは朝から幸せだ。

 いただきます。


『本日の予定は、まずギルドだね』

「そうだね。この心もとない懐をあっためておきたい」

『楽しみね。ギルドの受付とのやり取り。一人でできるかしら? うふふ』

「ルナ。僕をあまり虐めないでくれるかい」

『ごめん、ごめん』

 

 ルナの顔はわからないが、確実にニヤついているのはわかる。

 僕は、自分の正体が何者であるかを知るために旅をすることを決心した。

 命を救ってくれたうえに、親に代わり僕をここまで成長させてくれた師匠にはすごく感謝している。でも、自分が何者かわからないのはどうも気持ち悪くて仕方ない。と言っても、手がかりはこの首にはめられた<隷属の首輪>しかないのだが……。

 朝食を食べ終わり、部屋で少しくつろいでからギルドへと向かうことにする。

 

 ギルドは町の中央にあることは宿屋の女将に聞いて知っている。2階建てのそれなりに大きな建物らしい。ギルドまでの道のり、町はそれなりの賑わいを見せている。ただ、治安と衛生面が少し気になるところだ。<隷属の首輪>をした獣人族が主人らしき者の後ろをついて行く姿も見られる。

 道行く人々を観察したり、街並みを楽しんだりしているうちに扉の開け放たれた建物の前まで来た。ギルドに到着だ。

 

 堂々としたふりをして入った建物内は賑わいをみせている。これからクエストへ出かける者たちだろう。パーティーがそこらにいる。ギルドの一階は吹き抜けになっていて天井が高く広々とした空間になっている。2階建てではなかったようだ。飲食店も兼ねていて、階段を上がった見晴らしの良さそうなロフトには少し豪奢な装備の連中が作戦会議でもしているのだろう。身振り手振りを交えながら食事を楽しんでいる。思ったよりも明るい雰囲気で冒険者の吹き溜まりのような殺伐とした雰囲気はない。まあ、こんな時間から酒をあおって大声で騒ぐ一団もいるが、一応秩序は保たれているようだ。


「こんにちは、アリーサさん」


 入り口正面のカウンターへ向かうと、大きな銀の盾を背負った小柄な少女が先客としていて、受付のお姉さんがにこやかに対応している。

 しばらくすると、アリーサと呼ばれた盾の少女は報酬を革袋に入れ、受付を離れた。

 さあ、僕の番……だね。


「こんにちは。ご用件をお伺いいたします」

「こんにちは。ドロップアイテムの買い取りをお願いしたいのでしゅが……」

『クスッ』

「それでは、アイテムをお見せいただいてもよろしいですか?」

「はい」

 

 噛みました……。肩から掛けたバッグの中から、《コングベアの毛皮》を取り出し、初々しい僕を見て微笑む受付のお姉さんに見せる。


「!? あ、あの少々お待ちください!」


 微笑みを失った受付のお姉さんが慌ててカウンターの奥へと消えていく。

 あれ? 僕、なにかしちゃった? いや、きっとトイレだ。緊急なら仕方ない。

 僕は《コングベアの毛皮》をそっと鞄の中の【スキルカード《収納袋 Lv.1》】にしまう。

 

「おいおい冗談だろ?!」


 突然、野太い大声がギルド内に響いた。まだお日様もテッペンまでいっていない時間から酒をあおっていた一団からだった。その声の主は、偉そうに机に両足を乗せ、酒瓶をラッパ飲みする大柄な男だった。


「ご貴族様のフィッツローズ家当主ともあろうお方が、薬草を換金して日銭稼いでいるのかあ?! 」


 その男を中心にして大勢の笑い声がギルド内に響き渡る。


「いや、没落貴族には辺境の草刈りがお似合いか! 当主様は魔物一匹も狩れないくせに、何のためにそんな立派な銀盾なんかを背負ってるんですかあ?」

「オレは知ってるぜ! 町民の蔑まれる目から隠れるためだ!」

「二つ名は確か……、う~ん……、亀! そうだ甲羅を背負ってるから亀姫だ! 甲羅からその陰気な顔を出したらどうだあ?」

「わっはっははあ! 違うぜ頭ぁ、亀姫じゃねえ、盾姫ですぜ」

「おお! 盾姫だったっけか? 最近ちーっとも活躍の話もきかねぇし、こんな辺境の地に飛ばされてきた挙げ句に毎日雑草刈りしてるとはな! フィッツローズ家の盾姫様は今じゃその立派な盾に隠れてコソコソ生きていくのが精一杯なのかな! まったく町の恥! 町のいい笑いもんだぜ!」

「あっはっははあ! 当主様ならそんな役に立たねえでっかい盾背負うより、領民の期待とか命を背負ってくれよ!」

「ぎゃはははー! うまいこと言うな、お前!」


 ギルド内に再び大勢の笑い声が響き渡り、腹を抱えて床を転げ回る者もいる。

 うーん。どうやらさっきの盾を背負った少女に対して浴びせられている罵詈雑言らしい。

 ギルド内は爆笑の渦。宴もたけなわってやつです。彼女をつまみにしてギルド内が大盛り上がりだ。


「なあ、亀姫さんよぉ、領地財産を騙し取られて廃人になったジジイはまだしぶとく生きてんのか? あんなクソみてえな噂に踊らされて、ぶはぁぅ、ありゃ騙される方が悪いよなぁ! どうせ、目の前の大金にでも目がくらんだんだろお!?」

「でもよぉ、低ランクの魔物にぶっ殺されたっていう、そのジジイの息子もたいがいだよなあ! 駆け出しでも倒せる魔物にやられちまったらしいぞ! ああぁああ、あれ亀姫さまの親父さんだったっけか! すまんすまん!」


 この言葉には、ギルド内の連中の笑い声の勢いもなくなった。大声で笑うのは、酒をあおっていた一団だけだ。

 盾の少女も今の言葉には、グッと唇を噛んで噴出しそうな感情や言葉を堪え、涙目で震えている。

 これはいけない……。公衆の面前で寄って集って女の子を泣かせて楽しむなんて……。


『ちょっとあいつらムカつくわね』

「そうだね。そろそろこの宴会もお開きにしてもらいましょうか」

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