8章
第91話 叛意の代償
新皇帝ヴァルトルーネ=フォン=フェルシュドルフ。
新たな皇帝として君臨した彼女を祝す者もいれば、疎む者もいる。
俺からしてみれば、輝かしいヴァルトルーネ様の門出を誰よりも喜び、より一層彼女のために尽くしていこうと決意する出来事であった。
「おめでとうございます」
「ありがとう、アル。でも、ここからが私たちの本番よ」
ヴァルカン帝国全土への影響力を手に入れたヴァルトルーネ様。
その影響力は確かに増大したが、未だに彼女のことを敵視している者たちはいる。
「それで、ルーネ様。反皇女派の貴族のことなのですが」
話を切り出すとヴァルトルーネ様の顔色が一変した。
依然として存在する反乱分子。
彼女が皇帝となった今もなお、その態度は変わらない。
ヴァルトルーネ皇女の優しさによって、変わらずその地位を確立し続けられるとでも思っているのだろう。
──そんなことを許すはずはないんだがな。
「反皇女派貴族の粛清……いつ頃から始めましょうか?」
彼女の歩む長い長い旅路に反皇女派の貴族は害でしかない。
例えそれが、愛すべき自国の民であろうとも、時には残酷な判断を下すことが必要なのである。
「そうね……貴族の買収はどのくらい進んでいるの?」
「はい、反皇女派に属していた下級貴族の大半はこちら側に流れてきました。しかしながら、上位貴族は未だにルーネ様を敵視する者が大半かと」
「そう、分かったわ。猶予は十分に与えた。これでダメなら、仕方ないわよね……」
反皇女派の上位貴族。
ヴァルトルーネ様が皇帝となったことから、発言力の低下は著しいものの、それでも影響力はまだ大きい。
彼らを長く放置すれば、国が荒れるのは明らかなことであった。
「できれば、穏便に全てを済ませたかったわ。争いが好きなわけじゃないもの……」
「心得ております」
「でも、慈悲の心だけで国は回らない。アル、粛清の準備を始めてちょうだい」
ヴァルトルーネ様の決意と共に俺は床に膝をつき、頭を垂れた。
「かしこまりました。それでは、特設新鋭軍一部の指揮権限、それからリツィアレイテ将軍、ファディの同行をお許し頂きたい」
「許可します」
「ありがとうございます」
深々とお辞儀をした後、俺は顔を上げ、ヴァルトルーネ様のことをじっと見た。
「どうしたの?」
「いえ、なんでもありません」
自分でもどうして彼女のことを見つめていたのかよく分からない。完全に無意識にしていたことであった。
端正な顔立ちと綺麗な青い瞳がそこにある。
そして、皇女であった頃とはまた違う装いが彼女の可憐さをより引き立てているようで美しいと感じた。
皇帝となっても、彼女は変わらない。
ただひたすらに真っ直ぐで、とても誠実だ。
苦難が訪れようとも、彼女は決して屈したりしないのだろう。
「アル、貴方にはこれから先も頼ることが多いと思うわ」
専属騎士として、これからも彼女のために精一杯の忠義を尽くそう。
ヴァルトルーネ様の言葉を聞き、俺は今日も誓いを思い出す。
彼女の理想の実現。
俺の剣は、そのためだけに振るわれる。
「貴女に俺の一生を捧げます。貴女の抱く崇高な理想が叶う時まで、そのお手伝いをさせてください」
「ええ、私と一緒に歩いてね?」
「はい、いつまでも」
理想の前には必ず非情な現実がある。
多くの人の死と悲しみの上に築かれるものがある。
しかし、ヴァルトルーネ様の手が汚れてしまうのは、個人的に容認することはできない。
だからこそ、俺が専属騎士である存在意義を見出せる。
邪魔者の排除も。
障害の打破も。
世界から向けられるあらゆる悪意を俺が全て受け止める。そして、その全てを跳ね返すことを誓おう。
「では、俺はこれで。……ルーネ様」
部屋を出る間際、俺は背中越しにその名を呼んだ。
「どうしたの?」
「その装い、とてもお似合いです」
先程言えなかった言葉を贈るとヴァルトルーネ様は赤面した。
「ありがと……」
彼女からの言葉を聞いてから、俺はゆっくりとその場を離れた。
自然と心が温まるような不思議な感覚を感じながら、次の仕事へと向かう。
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