第92話 理想のために
王国暦1241年11月。
反皇女派貴族への本格的な弾圧が行われたのは、ヴァルトルーネ皇女が皇帝となって1ヶ月が経過してからであった。
寒々しい日々が到来したヴァルカン帝国の領地にて、凍えるような温度とは裏腹に俺の手は焼けるくらいに熱を帯びていた。
「あがっ……!」
上位貴族への粛清は特設新鋭軍を用いた大々的なもの。
それを実行に移すのには、色々と準備を整えなければならないが、下級貴族への対応はより早くに行われる。
剣筋を伝う鮮血。
貴族だろうと、平民だろうと、血の色は変わらない。
「こんなことをして……許される、と……」
「許されるとも。これは、国家方針に沿った行動なのだから」
悪びれる必要はない。
これは正義の行いなのだ。
国内に未だに残る謀反人になるうる危険な存在を素早く排除しているだけのこと。
反皇女派の貴族が今後も生き続けるのはリスク。
レシュフェルト王国と安心して戦うためにも、足を引っ張るような危うい存在は消しておかなければいけない。
口から大量の血を吐きながら、涙目でこちらを睨む貴族は、搾り出すような声で叫ぶ。
「こんな横暴っ……グロード様が黙っていないぞ!」
ああ、何を言い出すかと思えば、前皇帝のことか。
確かに俺たちにとって邪魔な反皇女派の貴族も、皇帝グロードにとっては忠実な家臣であり、大事な民であった。
貴族の職務を全うした彼らはきっと前皇帝グロードからの信頼も厚かったことだろう。
ただし、それはもう過去のこと。
「グロード様が黙っていない? ははっ、実に面白いな」
「なっ……!」
「前皇帝がどれだけお前を信頼していようとも、今の権力者はルーネ様。反皇女派であり続けることを選んだお前らには無益な死の道だけしか残されていない」
「あぐっ……」
剣を更に深く差し込むと、途端に呼吸が荒れる。
苦しみを感じているのか手に取るように分かった。
「悪いな。これも全てこの国の未来を想ってのことだ。恨むなら、冥土で存分に──!」
そのまま一息に俺はその首を刎ね飛ばした。
地面には数多くの血溜まりが出来ていた。
俺が殺した反皇女派貴族はほんの一部。
その他にも、その貴族の親類や関係者、探せるだけ洗い出し、叛意の感情が少しでもあると判断した者は次々に殺していった。
「アルディア卿、屋敷の人間は全員斬殺致しました」
暗器を片手に持った軽装の男がこちらに駆け寄り、そう報告をする。
足取りは軽く、反対の手には屋敷の人間の生首が握られていた。
「ご苦労様です。取り逃がした者はいないですね?」
「はい。関係者全員の死亡を確認してます。取り逃がした者がいたとしても、再度見つけ出して殺します」
「分かりました。では、次の行動の準備を」
「はっ!」
流石は、ファディが従えている暗殺者なだけある。
特設新鋭軍の設立は公に公表されているが、こちらの組織の存在は未だに公に明かされていない。
暗殺者であるファディが主導となって組織した暗殺のプロ集団『死神』
彼らは、ヴァルトルーネ様が皇帝となった瞬間から本格的に活動を開始した。
「お兄さん」
「ファディ、か」
「どう、うちの暗殺者たち。個人的に結構仕上がってると思うけど」
「完璧だと思います。ここまで仕上げたファディには本当に感心しますよ」
『死神』の総帥としてその大役を任されているファディは、何事もないかのようにケラケラと笑う。
本当にここまでよく仕上げたなと思う。
特設新鋭軍が設立された時期ごろから実は『死神』の人員選定は始められていた。
本格始動に半年ほど。
『死神』の構成員たちは、ファディの無邪気な顔からは想像も付かないほどに血反吐を吐くような苦しい鍛錬を積んできたと人伝に聞いた。
「ヨナ子爵は武力行使に出たら途端に降伏したし、アミル男爵もこれで血筋が途絶えました。他貴族家への対応も順次行えます! へへ、どうです?」
「そうですね。ファディは立派なルーネ様の忠臣かと思いますよ」
「お兄さんにそう評価して貰えると、かなり嬉しいな!」
粛清対象の貴族は、貴族全体の二割ほど。
レシュフェルト王国との開戦を前にして、国力の低下は痛手ではあるが、それも一時的なもの。
ファディやリツィアレイテのように優秀な平民を探し続けているため、軍事に携わる人材はいずれ十分な人数が集まることだろう。
「ファディ、次に向かいましょう」
「はい、えっと……」
「次は、アズール伯爵です」
「ああ……ということは」
一段低くなったファディの声音に合わせて、こちらも静かな声で告げる。
「はい、特設新鋭軍を動かす予定です。リツィアレイテ将軍にも話は通してあります。『死神』の皆さんを連れて、アズール伯爵への粛清を行なってください」
「おっけ! お兄さんはこの後予定があるんだよね?」
ファディの言う通り、俺はアズール伯爵の元へと向かうことはない。
国内の大掃除は急務であるものの、その他にも行うべき案件は山積みだ。
「俺は、ライン公爵家、並びにゲルレシフ公爵家の仲立ちを行わなければなりません。共に戦う仲間同士が犬猿の仲だなんて、笑えませんから」
同じ志を持つ両公爵家。
しかしながら、この二つの有力貴族家の間には、かなり大きな確執がある。
「ああ、お兄さんも大変だね……」
ファディに憐れみの目を向けられた。
まあ、この両家の問題を解消する案は既にあるから、そこまで困っているわけじゃないがな。
果たすべき理想のため。
次に待つ山場も、乗り越える必要がある。
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