第83話 動き出した計画(皇女視点)




 王国暦1241年8月某日。


 この日。


 ──運命の歯車が狂い出す。


 レシュフェルト王国とヴァルカン帝国との関係性が明確に破綻する時……その他周辺国家の要人たちも、歴史が大きく捻じ曲がる瞬間を目撃する。


 ──そろそろ、予定の時間ね。


 スラスラと台本通りにディルスト地方の紹介を進めるが、頭の中では開戦の合図が鳴るのをずっと待っていた。

 ニコニコと各国のお客様に対応するのは本意ではない。

 この作戦が失敗したら、一体どうなるのだろうかと不安に押し潰されそうな気分で一杯だった。


「ヴァルトルーネ様、あの鉱山は……」


「はい、あちらも最近採掘を勧めている鉱山になります。新種の鉱石が発見されたので──」


 ──まだかしら?


 もうそろそろ到着してしまう。

 ディルスト地方を一望出来る場所に──そして、彼らにレシュフェルト王国軍の侵略を目の当たりにさせるための場所に。


「次はこちらです。ディルスト地方は鉱山資源だけでなく、その美しい情景も魅力の一つです」



 ついに最後の案内に入った。

 レシュフェルト王国軍の行軍速度が遅いのだろうか?

 いや、そんなはずはない。緻密に計算を重ねて、このタイミングがベストであると何度も確認した。



「こちらから望める景色は、本当に美しいですよ」


 来賓の方々を誘導する。

 しかし、合図はまだない。


 近くで控えているファディにコソッと耳打ちする。


「……大丈夫かしら?」


「異常はないかと思われます。大丈夫です。ここまで準備してきたのですから、自信をお持ちください」


「そうよね。ごめんなさい」


 そうよ、なんとかなるわ。

 タイミングがズレたとしても、アルがなんとかしてくれる。

 彼なら、多少のイレギュラーがあっても適切な対処をしてくれる。

 気持ちをしっかり持とう。

 今の私が動じてはいけないわ。


 目的地である場所に到着した。

 ディルスト地方の景色を一望することが可能な場所であり、予定していた視察の最終地点。


 ──まだなのね。


 大きく息を吸い、覚悟を決める。

 合図があるまで、なんとか時間を引き伸ばすとしましょう。


「それでは、説明を……」


 言いかけた瞬間、けたたましい爆音が遠方から鳴り響いた。

 その必要はないと。

 遊びの時間は終わり。

 ここからが本題。


 予定通りに進めればいいだけ。


「今のは⁉︎」


「向こうで爆発したぞ!」


「ここまで揺れが……」


 騒然とするその場を諌めるために私は声を張った。


「皆様、落ち着いてください。今の爆発はヴァルカン帝国の誇る防衛機能が機能しただけに過ぎません」


 そう告げれば、来賓のざわつきもいくらか収まった。


「防衛、機能?」


「はい。このディルスト地方は資源の宝庫。国で立ち入りを制限している区画に侵入者があると、ああいった防衛機能が発動するようになっているのです。……ファディ!」


 ファディは前もって用意していた台詞を告げる。


「はっ、侵入者に関しましては現在調査中です」


「そう、兵たちはどうしているの?」


「付近に配備していた兵は既に侵入者排除のために行動を始めております。こちらに被害が及ぶことは恐らくないかと」


「報告ご苦労様」


 それだけ聞いてから、私は来賓の者たちに視線を戻す。

 彼らは唖然としているばかりで、何も言えずにいる。


「この通り、侵入者の排除に関しましては抜かりありません。並の賊であれば、この後すぐに討伐の報告があるでしょう」


 にこやかに告げるが、そんな報告は絶対に来ない。

 何故なら、侵入者というのが並の賊などではないからだ。

 レシュフェルト王国軍40000。

 更にはスヴェル教団軍も潜伏している。


 ──さて、じきに派手な戦いが始まるわね。


 安堵したような顔がチラホラ見えるが、レシュフェルト王国軍がこの地に攻め込んできていると知ったらどんな顔をするのかしら。

 彼らの反応が今からとても楽しみね。


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