第84話 計略(皇女視点)



「ヴァルトルーネ皇女殿下!」


 少しして、報告の者がこちらに走ってきた。

 まあ、既に決まっていた内容を告げるだけの役者に過ぎないのだけど。


「何かしら?」


「報告します。侵入者の正体が判明しました。その……盗賊などではなく、レシュフェルト王国軍が我が領内に侵入した模様!」


「レシュフェルト王国……ですって⁉︎」


 驚いた振り。

 ファディも同様に目を見開いているが、冷静さはちゃんとその瞳に宿している。

 本当に冷静でないのは、招かれた客人たちだ。


「レシュフェルト王国軍が、どうして?」


「帝国との諍いは無くなったのではなかったのか!」


「まさか、通告なしの侵略?」



 ──ご名答。これはレシュフェルト王国のした身勝手な侵略。レシュフェルト王国から通達された進軍の報せは、帝国に届いていない。


 向こうは攻めると宣言の上でこの場にいるようだけど。

 その情報が帝国に広まることはなかった。

 その報せは既にこちらで握り潰したのだから。


 そもそも、通達されるまでもなく私たちは彼らが侵攻してくることを予測していた。だからこそ、その宣告前からディルスト地方防衛のための用意を進めていたのだ。


「皆様、今一度落ち着いてください」


 静かに声を張るが、来賓の方々は気が動転しているのか焦ったように額から汗を流している。


「し、しかし。レシュフェルト王国軍が侵攻してきたということは、この場所もいずれ……」


「ご安心ください。この高台は安全です。周辺に配備した帝国軍がレシュフェルト王国軍と衝突の準備を進めているはず、近隣領にいる帝国兵にも支援要請が入るでしょう」


「なるほど。ですが、レシュフェルト王国軍の規模がどのくらいなのか分からないのに……」


 そう来賓の一人が言いかけた時、また兵士が駆け寄ってくる。


「ヴァルトルーネ皇女殿下、レシュフェルト王国軍の陣容を把握致しました」


「────⁉︎」


 タイミングよくまた報告が来た。

 まあ、これも全て仕込んだものであるから、彼らが報告してくる内容もこちらはもう知っているものだ。


「レシュフェルト王国軍、その数40000。その周辺に所属不明の武装勢力の存在も確認。恐らく、レシュフェルト王国軍との関わりがあるかと思います」


「そう……40000」


「こちらも20000以上の兵力を召集いたしました。アルディア卿、リツィアレイテ将軍が指揮を取れば、十分対処可能であると思われます」


 ──この場はレシュフェルト王国の評判を落とし、私の名声を上げるだけの所ではない。私の専属騎士であるアルとリツィアレイテ……二人の名を世界に知らしめるのもここでやっておくことだ。


 優秀な味方を集めて。

 今こうして実績を上げることで、各国への更なるアピールとなる。

 報告に来た兵はこちらの返答を待っている。

 私はゆっくりと崖上から下方を眺めた。


 ──特設新鋭軍はもう戦えるようね。


「リツィアレイテ将軍に開戦の用意をさせて! ディルスト地方にて、レシュフェルト王国軍の侵攻を食い止めます!」


「はっ! そのように通達してきます」


 言い終えて、兵が走り去った後にファディがポツリと呟く。


「ヴァルトルーネ皇女殿下、アルディア卿への指示はよろしかったのですか?」


「ええ、彼ならもう動いてるはず。私から細かい指示を出す必要はないわ」


 ──元より、彼は全ての手筈を把握している。この作戦は私よりも彼の方が知り尽くしている。


「しかし、不利な戦いになりそうですね……」


「不利でも、勝つのよ。防衛設備の用意は?」


「はっ、既に狙撃台に弓兵たちが詰めております。容易にこちら側に上がってくることはないかと」


「なら、逆に先制攻撃を行えるわね」


「伏兵も動かしますか?」


「いえ、伏兵にはもう少しだけ待機を、敵の背後を取れれば、挟撃が可能になるかもしれないわ」


 次々と指示を出す。

 手際がどの程度か自分では分からないが、帝国の皇女として、その働きはこなせていると信じたい。

 来賓の方々に怪我を負わさず、数的不利を覆しての勝利。

 それが今回求めるもの。


 少しばかり難しい要求になってしまったけど、私は、彼らのことを信じているわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る