第80話 迎え撃つ




 大いなる野望の実現のため。

 俺たちの目標はこんなところではない。

 もっともっと先を──ひたすらに歩み進んだ結末が、果たしてどうなるのかは誰にも分からないが、


「この戦いは間違いなく勝たねばなりません。よろしくお願いします」


 ここにいる者たちの間で、戦勝への意識は揺るぎないものだ。


「安心してください、アルディア卿。特設新鋭軍一同、この戦いのために鍛錬を積んできました。各隊の連携も、リゲル侯爵領での戦いの時から、更に向上しています」


「ゲルレシフ公爵家の当主として……そして、帝国軍を導く将として、無様な戦いは見せないさ。アルディア卿、君の方こそよろしく頼む」


 頼まれるまでもなく、俺は敵対者を全員蹂躙するつもりだ。

 軽く会釈してから、俺は馬に跨る。

 この戦場はリツィアレイテとエーベルハルトのもの。

 俺はまた少し離れた戦地で戦う。


「ご武運を……」


 去り際、リツィアレイテの小さな呟きが聞こえた。

 視線を向けずとも、俺に言ってくれた言葉だということは簡単に理解できた。


「リツィアレイテ将軍も……また会いましょう」


「はい」


 暫しの別れ。

 これが今生の別れにならないように祈るばかりだ。

 まあ、リツィアレイテにこんなところで死なれては困る。


 彼女にはまだまだやってもらなければならないことが山ほどあるのだから。




▼▼▼




 さて、馬を走らせ向かった先はディルスト地方の南西部。

 前もって召集していた特設新鋭軍の一部兵士たち。

 数は……僅かに500。


 7000あまりの敵兵を迎え撃つには、些か戦力不足感が否めないが、まあ……なんとかなるだろう。


「アルディア卿、お待ちしておりました」


「ああ。それで、敵の動きは?」


「はっ、確認しましたところ既に森林の内部に配陣しているようです。レシュフェルト王国軍の到着と共にこちらへの進軍を開始するかと思われます」


「だろうな……」


 スヴェル教団の方は情報量が少ない。

 何か隠し球を用意している可能性を加味しても、挟撃は阻止したい。


「アルディア卿、いかが致しますか?」


 兵の一人が尋ねてくる。

 森林で乱戦に持ち込めば、相手の動きも鈍るはず。

 元より、この500の兵だけで7000を全滅させようなんて考えていない。

 レシュフェルト王国軍が敗走するまでの時間さえ稼げればそれでいい。


「これは迎撃戦。相手の土俵に上がる必要はない」


「では……」


「ああ、以前説明したことを覚えているな? あの森林は立地的に低い場所にある。一方的に撃ち下ろせる場所は向こう側からは登れないように細工した……その場所を利用して、敵戦力をギリギリまで削ぐ」


 弓や魔法などの飛び道具を使う。

 高台から撃ち下ろす分、射程は圧倒的にこちらの方が広い。

 ディルスト地方は既に罠だらけの魔境。

 相手方はきっとそんなことは思いもしていないだろう。


 精々、迎え撃つために敵兵が待ち構えているとだけ。

 侵略するとの宣言を受ける前から準備を進めていたとは思うまい。


「スヴェル教団の者たちの中には有志の一般人も紛れ込んでいるとのことですが……その辺はどうすれば」


 殺すかどうか……そう尋ねているのだろうな。


「見分けはつくのか?」


「いえ……武装は統一されておりますので」


「なら、殺すしかないだろう。これは国家間の戦い。こちらに牙を剥くのであれば、市民だろうと容赦してはいられない」


 殺すか殺されるのかという場所。

 戦場とはそういう場所だ。

 スヴェル教団の敬虔な信徒ということなら、こちらに寝返ることもない。きっと死ぬまで……あるいは、撤退命令が出るまでこちらに向かってくるはず。


「不要な情けは捨てておけ。今は……こちらの守るべきものだけを考えるんだ」


「その通りです。アルディア卿」


 優しさはこの場所には相応しくない。

 かつて、ヴァルトルーネ皇女に救われた身がそのようなことを言うのは、おかしい話だが。

 情けをかける……それは、大きなリスクを生む。

 敵対者は全て排除。

 それが一番手っ取り早い。


「森林内部に潜むスヴェル教団の軍は、強大だ。俺たちが負ければ、このディルスト地方を足掛かりとして、更なる侵略を目論むはず」


 そう告げれば、兵たちは一気に静まり返る。


「そうなったら、ヴァルカン帝国の……我らの故郷がどうなるのか、想像するのは簡単なことだろう?」


 まあ、俺はレシュフェルト王国出身だけども。

 ここにいる兵たちはほとんどがヴァルカン帝国出身。

 故郷を荒らされることを良しとはしない。


「大事なものを守りたいと思うのなら、死ぬ気で戦え」


 戦場に立つ以上覚悟をすべし。

 奪われたくないのなら、常々その考えを忘れてはいけない。


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