第79話 開戦前




「本日はヴァルカン帝国にお越し頂き、ありがとうございます」


 ヴァルトルーネ皇女は各国から集まったお客人へ丁寧な挨拶を行っていた。

 ディルスト地方の視察が始まった。

 不自然でないように、あらかじめ視察のルート、この土地のアピールポイントなどをしっかりとまとめ上げた。ヴァルトルーネ皇女はそれらについてスラスラと説明を重ねる。


「このように、我がヴァルカン帝国の誇るディルスト地方は、特に資源が豊富であり──」


 それなりに離れた場所からその様子を観察していた。

 俺はヴァルトルーネ皇女の近くにずっとはいられない。

 彼女のそばにいるファディとフレーゲルに視線を合わせる。


 ──頼んだぞ。


「次に、こちらをご覧ください」


 ヴァルトルーネ皇女が熱弁する中、二人はこちらの視線を受け、軽く頷く。

 ヴァルトルーネ皇女、ファディ、フレーゲルは今回の戦いには参加しない予定である。


 ……その分、演技とか色々必要なのだが。



 今回視察を行なっているタイミングで、偶然攻め込んでくるレシュフェルト王国軍。

 それを撃退するのは、ディルスト地方に配備していた常駐兵。

 大多数で攻めてくるレシュフェルト王国軍だが、ヴァルカン帝国の誇る自慢の兵たちの前に中々攻めきれない。


 そして、最終的には、少数精鋭を誇るヴァルカン帝国の兵たちに敗北し、尻尾を巻いて国へと帰る。




 ──中々、強引な設定だが……咄嗟の出来事にそこら辺の不自然さは曖昧になるだろうから大丈夫。


「敗北は許されない……俺たちに必要なのは常勝のみ」


 馬を走らせながら、そんなことを呟いた。

 あと数時間後にはレシュフェルト王国軍、並びにスヴェル教団の軍が着陣する。

 その前に俺は、こちら側の軍勢がどのようになっているのか。

 それの最終確認に向かった。




▼▼▼




 ディルスト地方南部、大平原前。


 特設新鋭軍の主力がこの場所に集う。

 レシュフェルト王国軍と全面衝突をするであろうことから、目の前にある平原は激戦区となることが予測される。


「アルディア卿、ヴァルトルーネ皇女殿下は?」


「はい。予定通り、来賓の方々の対応をしています。時間通りに視察が進めば、この大平原で特設新鋭軍とレシュフェルト王国軍が正面衝突する場面を見せられるはずです」


 特設新鋭軍の指揮を取るリツィアレイテと言葉を交わす。

 彼女の役割は本当に重要なもの。

 数多の敵を迎え撃つのだから。


「帝国軍と協力しつつ、勝利を掴んでください」


 頭を軽く下げるとリツィアレイテは微笑む。


「ええ、ヴァルトルーネ皇女殿下、そして貴方からの信頼に応えてみせます! 正面の押さえはお任せください」


「リツィアレイテ将軍、貴女がレシュフェルト王国軍を撃ち破ることを信じてます」


 こちら側は彼女に任せるだけ。

 俺は俺のやるべきことをやる。


「アルディア卿は、挟撃のために回り込んでくるスヴェル教団の軍を迎え撃つのですよね? お気をつけ下さい。恐らく、そちらも激戦になるでしょうから」


「そのつもりです。共に勝ちましょう」


 リツィアレイテが負けても。

 俺が負けても。

 どちらかが敗れてしまった時点で、ヴァルトルーネ皇女の計画は崩れ去る。


 レシュフェルト王国の侵略行為が対外的に認知されたとしても、敗戦したという事実が残れば、ヴァルトルーネ皇女の経緯に大きな傷が付くこととなる。


「戦力差があります。兵たちが分散しないように確認しつつ、進んでください」


「はい。各隊の隊長と情報共有を密に行います!」


 リツィアレイテとの話し合いの最中、数騎の馬がこちらに駆けてくる。

 初対面の人物だ。

 年若いものの、上位貴族の佇まいが溢れんばかりに感じられる。


「お初にお目に掛かる。私はゲルレシフ公爵家の当主、エーベルハルト=フォン=ゲルレシフである。此度の戦いにおいて帝国軍主力の指揮を任されている者だ」


 ゲルレシフ公爵家。

 リーノスの実の兄ということか。

 弟とは違い、空気感は些か柔らかい。


 エーベルハルトからの自己紹介を受け、俺とリツィアレイテもペコリとお辞儀を返す。


「アルディア=グレーツ。ヴァルトルーネ皇女殿下の専属騎士を務めております」


「私はリツィアレイテです。特設新鋭軍の指揮は私が取ることとなっています」


 エーベルハルトは柔らかい表情のままに馬を降りて、こちらに歩いてくる。

 そして、俺の肩に手を置いた。


「君の噂は聞いているよ。弟と仲良くしてくれているそうだね! ありがとう」


「い、いえ……」


 ──仲良くしているのは、違うと思うが。


 少しズレている気もするが、向こうがこちらに悪印象を抱いていないのは好都合だ。仲間内での殺伐とした空気感は全体の士気を下げかねないからな。


「弟は、少し口下手でプライドも高い。だから、弟に君みたいな友人がいてくれて、本当に嬉しいよ」


「そ、そうですか」


「これからも、弟をよろしく頼むよ!」


 よろしくされてしまった。

 このことを聞いていたら、リーノスは間違いなく嫌な顔をすることだろう。


「リツィアレイテ将軍の噂も予々。若くして、騎竜兵としての才、そして、多くの人々を導く力は並ぶ者がいないほどと伺っている」


 次にエーベルハルトはリツィアレイテに顔を向ける。

 貴族であるはずの彼が、俺やリツィアレイテをここまで褒めるとは、リーノスと血が繋がっているとは思えないくらいに偏見がない。


「リツィアレイテ将軍、共に戦えて至極光栄です」


「こちらこそです。エーベルハルト卿ほどの方とこうして、肩を並べられるなんて……ヴァルトルーネ皇女殿下に拾っていただくまでは夢にも思いませんでした」


「そうでしたか……」


「はい。ですので、此度の戦い。負けるわけにはいかないのです」


 リツィアレイテの意気込みは凄まじい。

 それでこそ、任せるに値するというものだ。


 特設新鋭軍は5000。

 帝国軍が20000。

 人数だけで考えれば、レシュフェルト王国軍が圧倒的有利。

 加えてスヴェル教団も相手にするため、そちらに割く人員のことも考えると……。


 ──勝敗はこちらの奮戦具合に左右されるだろうな。


「エーベルハルト卿、敵はこちらを上回る数。被害が大きくなれば、継戦は難しくなるでしょう」


 リツィアレイテにも伝えたことを俺はエーベルハルトにも共有する。特設新鋭軍が数多の敵を討ち取るのはもちろんのこと、エーベルハルトが指揮する帝国軍にも頑張ってもらわなくてはならない。


「ヴァルトルーネ皇女殿下から聞いたよ。敵の数が予定よりも多いと。でも、勝てるだけの準備は整えたのだろう?」


「無論です。万が一の敗北があってはなりませんので」


 敵軍の進撃路はある程度固定化した。

 十中八九、こちらの誘導通りの動きを取ってくるだろう。

 魔道具の設置も済んだ。

 あれで、ある程度の戦力を削るとして……。


「ずっとまともに戦っていては勝ち目はありません」


「ということは……まともに戦わない選択を取れということだね?」


「はい。敵指揮官をリストアップしています。優先して、彼らの討伐を進めてください。彼らが戦死すれば、敵は統率が取れなくなり、戦闘継続が困難になります」


 リツィアレイテとエーベルハルトにその者たちのリストを手渡す。二人は心底驚いたような顔をしていた。

 ここまで調べ上げるとは思っていなかったのだろう。


「これは、凄いですね。流石としか言えません」


 リツィアレイテに続き、エーベルハルトの顔色もやや緩む。


「これなら、敵将を探す手間も省けます。こちらのリスト、余剰分はどの程度?」


「これだけ用意しています」


 紙の束を見せれば、エーベルハルトは嬉しそうな顔で頷く。

 出来るだけ敵将の存在を周知させてほしい。

 ヴァルトルーネ皇女の頼みであったため、こうまでして多くの資料を用意した。


「これで足りますか?」


「はい、十分過ぎるくらいに……それにしても、本当に優秀ですね、貴方は」


「全てはヴァルトルーネ皇女殿下の指示です」


 抜かりはない。

 敵指揮系統を破壊することができれば、相手は最大限の実力を発揮出来ない。

 そして、こちらには騎竜兵という心強い戦力がいる。

 騎兵や歩兵では対処することが難しい。

 レシュフェルト王国にはない強みだ。


「短期決戦を目指してください。相手の士気さえ削げれば、勝敗はすぐに決します」


 強みを活かし、戦術を駆使してレシュフェルト王国軍を打ち破る。それだけの勝算がこちら側にはあるのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る