第77話 期待?(リーノス視点)



 最初から気に入らなかった。

 平民というだけでも反吐が出るというのに、専属騎士になったあの男がどうして選ばれたのか……?


 理解するのには、かなりの時間を要した。


 ──アルディア=グレーツ。


 レシュフェルト王国出身の平民。

 ヴァルトルーネ皇女殿下の通っていた士官学校で知り合ったそうだが、成績はパッとしない平凡なもの。秀でていたという話はこれっぽっちも出てこなかった。


「はぁ……」



 考えが変わった瞬間は突然訪れた。

 やつが……暗殺者を無惨に斬り殺す場面を俺は偶然目撃した時のことだ。

 散る火花とやつの瞳がギラリと輝いていたのが忘れられない。

 普段は割と大人しく、硬いような印象だったアルディア=グレーツ。

 けれども、戦闘中の姿は別人格でもあるのかと思うほどに苛烈で残忍だ。


 ……その前にも、反皇女派の貴族や騎士を痛い目に合わせているところを近くで見ていた。

 しかし、戸惑うことなく、命を奪うやつの姿はより一層恐ろしいものであった。


 士官学校に通っていたとはいえ、あれほどまでに戦い慣れた剣捌きはあり得ない。

 動きは継戦を意識した被弾を限りなく減らすようなもの。

 一定範囲内の敵を全て認知し、それらの動きを予測しているかのような位置取り。

 加えて、殺しに躊躇がないというのがタチの悪いところだ。


 経験が浅い兵士、騎士は、大抵の場合相手を斬る時に僅かにでも戸惑いが生じるはずなのだ。


 返り血を浴びた日には、

 顔を青くする者。

 内容物を吐き出す者も多い。

 初陣を済ませたとはいえ、人が死にゆく光景を生で見て、気分を害さないなんてことは稀なこと。


 しかし、やつにはそれが微塵も感じられなかった。


「あれが……数ヶ月前まで、学生だっただと?」


 ふっ、笑える話だ。

 あれが卒業したばかりの一般的な新兵であるのなら、フィルノーツにあるあの士官学校は化け物製造機と言ってもおかしくない。



 ……異端だ。



 あれは、別物と考えるべき。

 平民とか、貴族とか……そういう枠組みに取り入れてはいけない存在。


 日常にひっそりと溶け込んだ得体の知れないもの。

 アルディア=グレーツ……あれは、大勢を殺してきた瞳をしていた。

 ヴァルトルーネ皇女殿下がどうやってあの怪物を手懐けたのか。

 そして、どうやってやつが比類なき強者であると見抜けたのか。


 本当に気になる部分だ。


 気になる……ということなら、アルディア=グレーツのこと以外にも色々とある。


「加えて、特設新鋭軍……か」


 ヴァルトルーネ皇女殿下が独自に組織した皇女お抱えの戦闘集団。

 若い者を中心に貴族、平民を問わず人員が採用されて、

 あろうことか、先のリゲル侯爵領での戦いでは、大きな実績を上げた。



 ……こんなに上手くいくものなのか?



 ヴァルトルーネ皇女殿下。

 あの方は本当に聡明で、心優しい。



 ──士官学校を卒業して、彼女が戻ってくる日まではそう思っていた。


 今のヴァルトルーネ皇女殿下は少し変わった。

 優しさは失われていない。

 聡明さも健在、むしろ増している気もする。


 だが、どこか変わった。

 次期皇帝となる決意をした……からなのか?

 優しさだけで包み込むような空気感はなく、威厳や冷酷さも時折感じるようになった。


「あいつを専属騎士に任命したことにも、何か関係があるのか?」


 分からないことだらけだ。


 アルディア=グレーツの正体も。 

 ヴァルトルーネ皇女殿下がアルディア=グレーツの才を見抜いたことも。

 特設新鋭軍に採用した若者たちが、強者揃いであったことも。

 この国で何が起ころうとしているかも。


「…………クソッ!」


 ゲルレシフ公爵家の者として、情けない限りだ。

 無知なのは恥ずべきこと。

 知らなければ、何も守れないし、掴めない。


 学んできたはずだ。

 経験もした。

 失うことの辛さも。

 誰かに期待することの愚かさも。


 それが、どうして……。




 ──どうして、アルディア=グレーツだけは他の平民とは違うかもしれないという考えを持ってしまっているのだろうか。




 ──どうして、ヴァルトルーネ皇女殿下なら、不条理なこの世界を全て書き換えてしまえるのではないかと、根拠のない期待を寄せてしまっているのだろうか。




 俺は……。



 一体、何を望んでいるのだろうか。

 捨てたはずのものに縋り付いて、みっともない。

 誰かに傾倒し過ぎることの愚かさを忘れたことは一度もなかったのにな。


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