第76話 噛みつかれつつも





 血溜まりにボトリと腕が落ちた。

 周辺にあった草木には、飛び散った血が付着し、周囲は大惨事と言える状況。

 暗殺者のように目立たず戦うなんてことをしない弊害だ。

 俺はただ、最大限の効率だけを重視する。


 だから、自らの装いが血や汚物で汚れることや、景観への配慮などは自然と疎かになる。


「……か……はっ」


 暗殺者の首をギュッと握り、そのまま自分の頭頂部よりも高い場所に持ち上げる。

 必死に俺の手を解こうとしているが、次第にその力も弱くなっていく。


「言い残すことは?」


「…………し、ねっ!」


 ゴキッ!


 ああ、思わず首の骨を折ってしまった。

 暗殺者に言われた言葉に怒ったわけじゃない。

 完全に反射的行動だった。


 しかし、最後の言葉が「死ね」……?

 言い残すなら、他にも色々と言うことがあったはずなんだが。

 と、悠長に考え事をしていると、背後から漂う殺気が色濃くなった。


 なるほど、まだ残っていたか。

 どう対処してやろうかと、思いつつ取り敢えず回避する。

 敵の刃が俺の衣服に接触するかもしれないという僅かなタイミング。

 くるりと避ければ、最後の暗殺者は顔を真っ青にしていた。


「言い残すことは?」


 再び同じ文言を暗殺者に向けて言い放つ。


「────!」


 しかし、その暗殺者は返事をする間もなく、血を吐いた。

 殺したのは、俺ではない。


「──穢らわしい輩に遺言など、必要ないだろ」


 暗殺者の心臓を貫く短剣。

 形状から見るに、俺が殺した暗殺者の持ち物。

 そのまま生き絶える暗殺者を見下すように佇む。


 ──彼とは最近よく出会うな。


「リーノス卿」


「ふん、品のない殺し方だな。アルディア=グレーツ」


 救援に現れたリーノスは、俺のことを大層煩わしそうに睨みつけていた。

 飛び散った血肉がそこらじゅうに転がっているのが気に入らないのだろう。ため息を吐いた後に俺に指を差し告げる。


「ヴァルトルーネ皇女殿下の専属騎士の癖に、優雅に戦うことも出来ないのか、貴様は」


「効率を重視したまでです」


「気に入らない! そんな野蛮な殺し方……平民上がりの程度が知れる」


 また平民と。

 平民に親でも殺されたのか? ……というくらいに、彼の言葉は語気が強かった。


「くれぐれも、ヴァルトルーネ皇女殿下の名に泥を塗らないことを考えろよ。貴様の一挙手一投足は、常々見られている」


 彼からの言葉は、嫌味のように聞こえるが実はそんなものではない。純粋に俺へのアドバイスのようであった。


「そうします」


 俺がそう返事を返せば、リーノスは再び暗殺者の死体に目を向ける。

 無惨に切り刻まれた死体。

 全部、俺がやったんだけども。


 そういえば、後片付けのことを考えていなかった。

 放置するわけにもいかないだろうし、どうしたものか。

 俺の考えを察したのか、リーノスは炎系統の魔術を手のひらに宿す。


「死体は焼け。どうせ、こいつらと繋がっている奴を追い込む手札はもう持ってるんだろ?」


「はい、一応」


 軽く受け答えをすれば、フンッと鼻を鳴らし、リーノスは魔術を暗殺者の死体に向かって、魔術を飛ばす。

 死体はメラメラ燃え上がる。

 後にはきっと焦げ炭しか残らないだろう。


「全く、少しは事後処理のことを考えろ。お前は平民だが、今、その立場に甘んじることは許されない。専属騎士としての振る舞いを忘れるな」


 再度の忠告。

 俺はただ頷くしかなかった。

 彼の言っていることは至極正しい。


「専属騎士の責任は、貴様が考えている以上に大きい。ヴァルトルーネ皇女殿下に選ばれたのなら、その責務を背負い続ける覚悟をしろ。学生気分では困るからな」


 言い添えられた言葉を聞き、俺は再度頷く。


「そのつもりです」


 彼女に尽くすと決めた。

 彼女に運命を託すことを選んだ。

 運命共同体。

 ヴァルトルーネ皇女が滅ぶ時、俺も滅ぶ。


 だからこそ、彼女に破滅という未来を見せる気はない。


「生半可な覚悟で、国を捨てたりはしない」


「ふん、そうか……」


「ポッと出の俺が専属騎士なんて、認めたくない人は多いだろうけど」


「当然だな。俺も貴様なんぞが専属騎士になったなんて認めたくない」


 焼き焦げた死体を瞳に映しながら、彼は首を振った。

「でも」と付け加え、彼はすっと俺の胸元に拳を叩きつける。


「お前は選ばれた。少なくとも、あの方に認められたのは、お前が初めてだ」


 誇るべきことであると。

 彼はそう言っているような気がした。

 ヴァルトルーネ皇女が初めて選んだ専属騎士。

 前世ではリツィアレイテ。


 けれども、そんなことを知るのは俺とヴァルトルーネ皇女だけだ。

 今世でヴァルトルーネ皇女に俺は確かに選ばれた。


「俺はあの方の決断を信じている。だから──俺を失望させるなよ。アルディア=グレーツ」


 彼の言葉は棘だらけ。

 皮肉の一つは必ず挟まれる。

 貴族としての誇りが顕著に現れている証拠であった。

 けど、今回は……。


 ──初めて、彼と向き合えているような気がした。




◆◇◆◇◆◇◆

『あとがき』


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