第74話 実力の誇示を



 高揚感なんてなかった。

 ただ自然と身体が動き、敵対者を無力化していくだけ。


 斬り殺すなんて無残なことはしなかった。

 この者たちを殺してしまえば、ヴァルトルーネ皇女の名に傷が付く恐れがあるから。


「ひぃ、ごめんなさいごめんなさいっ!」


「…………」


 もう悪態を吐く気力もないのか、へたり込んだ者たちは怯えるばかり。

 仕掛けてきたのはお前ら。

 なのに、どうしてそこまで怯える?

 まるで俺が悪いかのように振る舞う?


 ──俺はただ、己の身に迫った危険から身を守っただけだ。


 足下に転がっていた剣を拾う。

 俺はその剣を腰を抜かし、涙目で震えている者へと投げる。


 カランカランと金属が跳ねる音。

 それを聞き、目の前の怯える男は目を見開いた。

 何が起きたのか理解できていないような顔。

 実に滑稽なことだ。


「拾え、まだ終わっていない」


「ひ、拾え……?」


「そうだ。この余興はそちらが始めたもの。なら、最後まで責任を持って行うのが礼儀だと思うが」


 当然、こんなのは本心じゃない。

 痛めつけるという目的で俺に剣を向けてきたのだ。

 なら、逆に俺が彼らを痛めつけたところでお咎めはないだろう。

 大丈夫、殺さなければ……。


 最大限に恐怖心を植え付け、もう二度とヴァルトルーネ皇女並びに俺への敵対行為を行えない体にしてやる!


「ほら、早く拾え」


「無理っ……無理だ!」


「拾わないのなら……仕方がないな。ここでお前の命をその代償として……」


「ひっ、拾いますっ! 許してください!」


 矛盾したようなことを言った俺に言い返す言葉すらない。

 剣を拾うも地獄、拾わぬも地獄。

 相手に選択肢なんてない。


 他にもまだ多くの者が残っている。

 腰が竦んで動けないみたいだが、構う必要もない。


「来ないなら、こっちから行かせてもらうが?」


 視線を送ると、空気が騒つく。

 そして、そのまま多くの者たちが地面に膝をついた。


「「「も、申し訳ありませんでした! どうかこの辺でお許しください!」」」


 はぁ、こんなものか。

 帝国の兵とは、騎士とは、貴族とは……。

 こんな弱者の集まりだったんだな。



 特設新鋭軍の強さがよく分かった。



 彼らはまだ練度も浅く、年若いものが多い。

 貴族だけではなく、素養の少ない平民も多く属している。

 けれども、将来性と成長率の高さを考えれば、国内ではほぼトップクラスの実力者たち。これから先もまだまだ強くなる。

 指揮系統がもっとしっかりしてくれば、更なる活躍が期待できる。


 今、俺の目の前にいる腰抜けなんか目じゃないくらいに、だ。


「ひぃ……」


「はぁ……くだらない」


 ──ヴァルトルーネ皇女の人選が最適であったと再確認できただけ収穫……か。そうしておこう。


 張り合いのない者と戦う意味はなくなった。

 俺はスッと剣を収める。


「あの、ここに怪我人がいるっ……て! なにこれ、酷い!」


 数人の魔術師らしき人たちが小走りでこちらにやってきた。

 察するにヴァルトルーネ皇女が寄越した者たちだろう。

 俺の勝利を信じてくれているヴァルトルーネ皇女が人を送ったということは……あそこで倒れている者たちの手当てをということだろう。


 まあ、慈悲だけを与えるヴァルトルーネ皇女じゃないだろうがな。


「手当を頼む。命に関わるような怪我をした者はいないと思うが」


「は、はい! ……えっと、貴方は?」


 魔術師の女性が問いかけようとした瞬間、またしても足音が近付いてきた。


「アル!」


 誰だかすぐに理解できた。

 ヴァルトルーネ皇女は心配そうな顔をしている。……多分、俺の心配ではなく、死人が出たか出ていないかの心配だろう。


「これはなんの騒ぎ?」


「はっ、少しばかり手合わせをしておりました」


「それにしては被害が大きいような気がするわね」


「そうですか? これくらいが普通であるかと思いますが」


 俺がそう返すと、ヴァルトルーネ皇女は少し考えてからコクリと頷いた。


「そうだったわね。貴方が剣を振るったのだものね」


「はい」


 仰々しく礼を返し、彼女の後方にチラリと目を向ける。

 後方にはしっかりと皇帝グロードの姿があった。


「ルー……ヴァルトルーネ皇女殿下、それで……」


 危うく、彼女を愛称で呼んでしまいそうになったが、グッと堪えた。皇帝の前であのような呼び方は危険だと感じたからである。

 外聞を気にしての呼び方変更。

 しかし、ヴァルトルーネ皇女はそれがお気に召さなかったみたいで、


「アル? その呼び方は禁止にしたはずだけど?」


 ──やり直しを要求してきた。


 いやでも、皇帝グロードの前で愛称呼びなど、皇族に対して不敬だ……みたいな風に言われてもおかしくない。

 ヴァルトルーネ皇女が許しても、他の者が許すとは限らない。

 判断に迷う。

 俺の主人はヴァルトルーネ皇女ただ一人。

 けれども、彼女の立場を考えるなら、公の場で『ルーネ』という呼び方は避けた方が無難。


「ヴァル……」


「ルーネよ。アル……三度目はないわ」


「ご容赦くださいませ。あれは私的な場で使用するということではいけませんか?」


 譲歩してほしい。

 差し出がましいお願いと分かっているが、なんとか引いてくれないだろうか。

 目配せをし、必死にそれを訴えるが、ヴァルトルーネ皇女は取り合うつもりがないらしい。顔を背け、俺がその呼び方をするまで応対をしないという意志を感じる。


 困り果てていると、


「はっはっはっ! ヴァルトルーネ、自分の専属騎士をあまりいじめてやるでないぞ」


 突如として皇帝グロードの笑い声が響いた。

 そんなに面白かったか?


「父上には関係ありません。これは、私と彼の問題です!」


 現皇帝に対して強気な物言い。

 皇帝グロードも気分を害した様子もなく、「そうか」と半笑いで答えた。


 ──今のやりとり。


 俺の懸念点を排除したのか?

 ヴァルトルーネ皇女が他者に口出しさせない……親である皇帝グロードも例外ではないと、そう示した。

 俺の感情を察してくれたのだろうか。


 ヴァルトルーネ皇女はこちらに歩み寄り、俺の手を取る。


「アル、貴方は私の専属騎士。私のもの……私のお願いだけを優先するの。他の誰の顔色を窺わなくていい。そうでしょ?」


 忘れてはいない。

 彼女を最優先するのは、俺の中でも規定事項。

 そして、俺がヴァルトルーネ皇女を優先するのと同じで、彼女もまた俺を優先してくれている。

 ならば、それに応えるのが専属騎士である俺の使命。


「分かりました。ルーネ様。……こう呼んで、いいんですよね?」


「当然よ。私がそう言ったのだから」


 ボロボロに倒れる人々。

 殺伐とした背景と前方には麗しい我が皇女様。

 曇りのかかっていた気持ちは、すぐに晴れる。


「アル、帰りましょう。ここにはもう、用事はないわよね?」


「はい、仰せのままに」


 この様子を見るに、皇帝グロードにも認められたみたいだし、アピールは成功したのだろう。

 これでヴァルトルーネ皇女の評判もまた一つ上がる。

 反皇女派の旗を掲げる貴族の発言力はより低迷する。


 あと一押し。

 それだけで、ヴァルトルーネ皇女が次の皇帝になれるだろう。

 そして、その決定打も準備は進んでいる。

 抜かりはない。 


「ヴァルトルーネ」


「父上」


「よき、専属騎士を持ったな。お前ならきっと、帝国を導く光となれるだろう」


「……はい!」


 その日が近い。

 その日が訪れるまで俺は彼女を支える。

 もちろん、その後も永遠に……彼女のために命を燃やすことだろう。


 踵を返すヴァルトルーネ皇女に俺は追従。

 そして、彼女は捨て吐くようにポツリと溢した。


「最後に一言だけ」


 誇るような満面の笑みを浮かべ、


「私のアルは、まだ本気ではなかったわよ?」




 彼女の言葉にその場にいた全ての者が静まり返っていた。

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