第73話 上々の結果(皇女視点)
争いはすぐに始まった。
アルに斬りかかる無謀な挑戦者が一人。
兵士であるから、戦場で戦った経験はあるのだろう。
それなりに剣筋がいい。
「死ねぇ!」
殺気を振り撒いて、アルの心臓を狙っている。
試合なんかじゃなくて、あわよくば殺してしまおうという気持ちが前面に表れていた。
──でも、アルにはその剣じゃ、届かない。
アルは軽く身体を逸らしてその攻撃をかわす。
矢継ぎ早に剣が振られる。
しかし、それがアルに当たる気配は全くない。
「おお、素晴らしい身のこなし……」
父上も彼のことを少し見直したような表情を浮かべている。
平民で平凡な、この前まで学生だった男。
それが私の専属騎士になるなんて、本来なら許したくはなかったことだろう。
でも、私が初めて選んだ専属騎士。
父上は黙ってそれを許してくれた。
──嬉しい。アルの強さを示せていることが堪らなく嬉しい。
「アルは、士官学校時代は平凡な成績でした」
「そのようだな。諜報員に調べさせた結果は我も知っている」
「ですが、彼には人並みならぬ才能がありました。それが花開いたのが、ごく最近なのです」
でっちあげ。
彼は元から強かった。
その強さを明確に誇示することがなかっただけで、士官学校に入った頃から、彼の化け物じみた能力は既に──。
とにかく、今この環境下で彼はその実力を解禁した。
私の専属騎士となり、彼は全力で戦うことを選んでくれた。
「だが、あの人数が一斉に攻撃をしたら流石に……」
負けると?
父上はまだ、彼の本領が見えていない。
「負けませんよ。アルは最強ですから」
力押しするだけが彼の実力ではない。
「おい、全員取り囲め! タイミングを合わせろ!」
「調子に乗るなよ!」
「平民は平民らしく、地べたに這いつくばれ!」
父上の予想通り、彼らはアルの前後左右を固める。
アルの実力の高さを再確認し、本気で潰しにかかっているのだ。
しかし、その生半可な包囲網では、
「んなっ⁉︎」
──アルの動きを止めることはできない!
誰もが驚くほどの跳躍によって、アルはその包囲を簡単に脱する。
そして、近くにいた者をしっかりと殴打。
一人、また一人と彼の体術と剣術によって倒されていく。
彼の取り柄は剣術のみではない。
高い身体能力はもちろんのこと。
攻め時の判断。
「ぐあっ!」
──そして引きの判断。
「当たらねぇ……!」
戦況を客観的に捉えて、次にどう動くのが最適解であるかを正確に導き出せる。
天性の戦闘センスは他の人には真似できないことだ。
「あれを回避して、反撃に繋げるか……どうやら彼のことを相当過小評価していたようだ。あれほどの剣の使い手、帝国にもそういないだろう」
父上も彼の秀でた部分を垣間見た。
これで、彼に対する不信感は多少拭われたことだろう。
窓の外を吹く風が心地よい。
ああ、本当に気分がいいわ。
アルの奮戦をそのまま見続ける。
幸いにも、彼自身が手加減してくれているお陰で、大量の鮮血が飛び散るという事態は免れている。
殺す気で向かってくる相手に対して、最低限の損害を与え続ける。一歩間違えば、己の命が危ないというのに……。
誰でもやれることじゃない。
彼自身の技量と度胸。
それらが合わさって初めて至れる境地。
「くそがぁっ! ……へぶっ!」
半狂乱の兵士に怯えもせず、ただ黙々と無力化している。
「あの速度……彼は本当に人間なのか?」
父上ですら人間かと疑うほど。
「もちろん人間ですよ。私の大事な専属騎士ですから」
やはり、アルの力は比類ないもの。
彼の才能は今、こうして証明された。
各方面へのアピールにもなるこの騒動は私にとって有利に働いてくれるでしょう。
上々の結果ね。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『あとがき』
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