第72話 彼の勇姿を(皇女視点)




 私の予感は当たっていた。

 もちろん、悪い予感だ。


 父上……現ヴァルカン帝国の皇帝グロードとの話し合い。

 ディルスト地方に友好国家の来賓を招くことに関しての擦り合わせを進めていたところで、窓の外に最悪の光景が映り込んだ。


 父上もそれに気が付いたようで、


「ヴァルトルーネ、あれはお前の専属騎士ではないか?」


 その場所を指差して、今まさに引き起こされようとしている惨劇現場を示していた。


 ──ああ、私の私だけの専属騎士。貴方に伝えたいことはただ一つ。






 ──暴れるのはいいけれど、殺しちゃダメよ?




 遠くからその様子を眺める。

 助け舟を出す気はない。

 出す必要なんてないから。


 何故なら、私の専属騎士は最強。

 あの程度の人数で、私のアルを押さえ込むことができるなんて思っているのかしら?

 士官学校時代の前評判だけを鵜呑みにするとは思えないけれど、未知の存在に対してのリサーチ不足は明らかであった。


「父上、彼は確かに私の専属騎士です。しかしどうやら、厄介な手合いに絡まれてしまったようです」


 わざとらしい言葉遣いになってしまったけど、その辺りを深掘りされることはないだろう。

 私は専属騎士を心配する心優しき皇女。

 過去の私だったら、あの場面を見て本気で心配しただろうけど、幾度となく彼の化け物じみた身体能力を目にした今、彼が負けるかもしれない……なんて有り得ない懸念はない。


「どうやらあそこの者たちはヴァルトルーネに敵意のある者たちだな。狙ってあの場を作り上げたのなら、早急に助けるべきだが……」


 父上はこちらの顔色を伺っている。

 私がどう反応するのか、試しているのだろう。

 次期皇帝に足る器がどうか。


 優しさだけで国を引っ張ることは不可能。

 常に冷静に正しい判断を下してこそ、指導者としての素質があるとされる。

 急いた判断は命取りとなる。

 一呼吸置いてから、私は笑顔を絶やさずに答える。


「先程も申し上げました通り、彼は私の専属騎士です。……ですので」




 ──余裕は絶対に崩してはいけない。




「心配ありませんわ。彼が負けることは絶対にありませんから!」


 父上は少し意外そうな顔をして、再度窓の外の光景に目を配る。


「ほう、彼を信頼しているのだな」


「はい」


 必要以上の言葉はいらない。

 私がここまで言えば、この人は必ず──。


「ならば、彼の実力がどれほどのものか……見届けようか」


 彼に興味を抱くでしょう。

 そして、私だけでなく、彼も見極めようとする。

 その実力がどのくらいなのかと。


 父上もまた、彼に関しては知らないことばかりだから。

 リゲル侯爵領での戦いでも、アルの活躍は直接見ていない。

 聞いただけでは、本来の強さがどのくらいなのかを測ることは不可能だ。


 ──さて、父上にアルの実力を知らしめる機会を得ることができた。でも、まだこの場を利用できるわ。


「父上、念のために治癒魔術の使えるものをあの場に向かわせましょう」


「ほう、専属騎士が怪我をすると?」


「いえ、その逆です」


 ──無様な姿を晒すのはアルじゃない。


 大多数で囲み。

 相手はたったの一人と侮り。

 私のことも幼い皇女であるのだと馬鹿にしているあの者たちの方だ。


「アルが暴れてしまうと……周辺一帯が血の海に変わってしまうかもしれませんから」


 無邪気な笑顔を浮かべながら告げる。

 流石の父上も冷や汗を流しているのが、明らかであった。


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