第71話 また絡まれる



「おい、平民……少し付き合え」


 仕事の移動をしている時のことであった。

 肩を強く掴まれ、振り向けば見覚えのある男がいた。


 鋭い瞳。

 そして、俺を毛嫌いしているのが丸分かりな態度を取る騎竜兵の男。

 ヴァルカン帝国に俺たちを送る時。

 唯一反対したやつ。


「貴方は確か」


「リーノスだ。リーノス=フォン=ゲルレシフ」


「はい、リーノス卿」


 俺が名を呼ぶと、リーノスは「ふん」と鼻を鳴らす。

 相当俺のことが気に入らないみたいである。

 ヴァルトルーネ皇女の懸念が当たっていたことが今こうして証明された。

 さて、あとの問題は、


「それで、俺に何か御用ですか? リーノス卿」


 彼がどんな意図で俺に声をかけてきたか、だ。

 剣は常に帯刀している。

 非常時の襲撃などに備えてのことだ。

 もし、今この場で彼が攻撃を仕掛けてきたらと考える。帝城内で血を流すのは不本意なことだが、そうなったら仕方のないことだ。


『貴方の身は、貴方自身にしか守れないわ』


 ヴァルトルーネ皇女からの忠告をしっかりと思い出す。

 ピリついた空気を味わいながら、俺はリーノス卿が口を開くのを待つ。

 彼は面倒臭そうな顔でため息を吐いた。


「アルディア=グレーツ。貴様を呼んでいる者がいる。大人しく付いてこい」


 彼の目的は俺の呼び出しであった。




▼▼▼




「連れてきたぞ」


 連れて行かれた先は、帝城内にある人気のない物置倉庫の近くであった。

 リーノス卿はガシガシと頭を掻きながら、目の前にいる人物にも眼光を光らせる。

 帝国の兵士らしき者が数十人。

 明らかに俺に敵意を持ってるのを肌身で感じる。

 リーノス卿の放つものとはまた違う。毛嫌いとかそういう生優しいものではない。


 敵意の種類が悪辣な感じだ。


 よくよく観察すれば、反皇女派の貴族もチラホラ。

 なるほど、ヴァルトルーネ皇女の権威を損ねるために、まずは専属騎士の俺を潰しておこうということか。


「ありがとうリーノス卿。もう帰ってくれていい」


 集団のリーダーらしき男はリーノスの肩に手を置いて、そう不敵に笑う。

 リーノス卿はそのまま同調して頷く……かと思いきや、男のことをキッと睨みつけた。


「馬鹿言え、この平民に何をするかと思えば……多人数で痛め付けるなんて、帝国貴族としての誇りを感じられないな」


 どうやらリーノス卿はそういうことに加担する気はなかったようだ。俺みたいな邪魔者を排除するなら絶好の機会だと言うのに。


「おいおい、リーノス。お前もこの平民が気に入らないって言ってたじゃないか。貴族と平民の違いというものを身をもって教えてやるだけだぜ?」


「口の利き方に気をつけろよ、セニス卿。家督は継げないが、俺は由緒正しきゲルレシフ公爵家の者だ」


「おお、これは失敬。申し訳ないね、リーノス卿よ」


「ちっ!」


 内輪揉め……というわけではないな。

 リーノス卿は普段からこいつらとは連んでいない。

 というか、リーノス卿のゲルレシフ公爵家は皇女派。

 普通なら相対することのない者たち。


 ──平民の俺が気に入らなかったから、呼び出すことに協力したのか。


 それにしては、呼び出し後の話が双方で噛み合っていない。


「俺はお前たちがこの平民と話がしたいというから、取り次いだに過ぎない。馬鹿なことをする気なら、こちらも強硬手段を取るしかないんだが」


 セニスという男は、リーノス卿のドスの効いた言葉に屈することなく、むしろ嘲笑うかのような表情を浮かべる。


「おいおい、冗談はよしてくれ。この人数差……いくら、騎竜兵隊副隊長のリーノス卿であっても、無理があるだろうに」


 多数で少数の敵を叩き伏せる。

 卑怯だが、確実な手段。

 数の暴力とは古来より強いものだ。


 ──有象無象が寄り集まって、強者に挑む。ヴァルトルーネ皇女のことを陥れるためにご苦労なことだな。


「リーノス卿、その平民をこちらに差し出してもらおうか」


「ふざけるな。帝城内での理不尽な狼藉を許すわけがないだろ」


 なんというか、リーノス卿が嫌なやつではなく、俺を庇う正義役みたいになっている。

 そんなことしなくてもいいのにな。



 ──少し前から、視線を感じていた。




 この場所からはそれなりに離れている。

 けれども、確かにこちらを見ている目があった。



 ──ヴァルトルーネ皇女と皇帝グロードの二人だ。




 彼女はこちらで俺たちが揉めている様子をじっと見ている。

 助けを寄越すつもりもなさそうだな。



 ──俺自身に解決しろってことだろう。


 皇帝グロードの見ている前。

 敵は数十人の兵士と貴族。

 退けることができれば、ヴァルトルーネ皇女の選択が正しかったと証明できる。

 これは、ピンチなどではない。


 チャンスだ。


「リーノス卿、もういいです」


「おい、アルディア=グレーツ。お前もどういうつもりだ!」


「彼らの相手をします。幸い、得物は常備しているので」


 リーノス卿は驚愕の表情を浮かべる。


「お前……この数を相手取るつもりか?」


「無謀だと思いますか?」


「当たり前だ。こんなのは一方的な暴力に過ぎない」


 ──まあ、普通ならそう考えるだろう。


 この人数差を覆せるほどの力量が俺にあるなんて、リーノスは考えていない。

 何故なら、彼自身が俺のことを認めていないから。

 平民、そして多分、俺の経歴もある程度知っているだろう。


 士官学校での成績は特別秀でていなかった。

 平凡な平民、それがヴァルトルーネ皇女の専属騎士。

 俺が彼の立場であっても、何かの間違いかと思う。


 ──けど、この好機は有効活用させてもらう。


「へへっ、落ちこぼれの平民ごときがヴァルトルーネ皇女殿下の専属騎士になるなんて身の程知らずもいいところだ!」


「おいおい、殺すなよ。泣きながら皇女様に泣き付くところを見るんだからさぁ」


「ははっ、それは傑作だ。専属騎士でいることを恥じるまで痛め付けてやるよ!」


 ゾロゾロと前に出てくる集団。

 彼らは予め用意していたであろう剣や槍などを構える。


「おい、逃げるぞ」


 リーノスに服の裾を強く引かれる。

 だが、俺は彼の思惑に反して、彼らの方へと一歩踏み出す。

 血迷ったわけじゃない。


 ──ちゃんと勝てるから、こうして前に出ることができる。


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