第69話 禁止事項




「それで、話は変わるのだけど」


 ディルスト地方での戦いについての話を終え、ヴァルトルーネ皇女は唐突にそう切り出してきた。

 なんだろうかと耳を傾けていると、突然彼女に胸ぐらを掴まれた。


「ぐっ⁉︎」


 ──きゅ、急に何を!


 突然過ぎる展開に思考が追いつかない。

 ヴァルトルーネ皇女に顔を向ける前に彼女は俺の耳元で囁いた。


「リツィアレイテが話しているのを偶然聞いたのだけど、彼女が貴方に愛称呼びを許したって本当なの?」


「────!」


「その反応、本当みたいね」


 ──何故、その話を?


 あれはリツィアレイテが酷く酔ってしまった時の話だ。

 彼女自身も、判断能力やら諸々が低下してきたからであると考えていそうなものだが……そもそも、あの時のことをリツィアレイテが覚えているのかすら怪しいのに。


「その、事実……ではありますが、特別な意味はありません」


 というか、本当に話が変わり過ぎだ。

 愛称呼びがどうのなんてこと、ヴァルトルーネ皇女にとってしてみれば、あまりにどうでもいい内容だろう。

 なのに何故、ここまで過剰な反応を示す?


「……はぁ、特別な意味はない、ね」


 ヴァルトルーネ皇女は信じられないというような視線を向けながら、更に顔を近付けてくる。


「知ってる? リツィアレイテは前世で、愛称呼びを許した異性はいないのよ。それは彼女自身がそういう方面に興味がなかったとも取れるけど……」


 含みのある言葉遣い。

 俺に向けられた視線には、様々な意味合いが込められているみたいで、思わず玉の汗が垂れる。


「貴方には愛称呼びを許した……特別な意味がないなんて、信じられると思う?」


 なんなんだこのプレッシャー。

 戦々恐々としている今日この頃、ここまでの圧力を感じたのは久しぶりかもしれない。


 ヴァルトルーネ皇女の瞳に輝きがない。

 全て吐かなければ許さないと言われている気がした。


「その、以前リツィアレイテ将軍とサシで飲みにいくことがありました。その時にリツィアレイテ将軍がかなり酔っ払ってしまわれて」


「襲ったの?」


「襲ってないです!」


 くそ、ブラッティといい、なんでそう飛躍した方向に話が進むんだ。

 酒で酔わせたら襲うとかいうのが定石であると考えられているのなら、世の男性陣は皆、本能で動く獣。

 不名誉過ぎる……。


「ヴァルトルーネ皇女殿下、そのような物言いは品性を欠く恐れがあります。何卒、ご容赦ください」


「はぁ……」


 ──俺もため息吐きたいです。


 つまり、誤解なんです。

 というような説明をしたいのにも関わらず、あらぬ二次災害を招き込んでいるような状況。

 流石に泣けてくる。


「ですから、リツィアレイテ将軍から愛称呼びをするように言われたのは事実です。ただ、それは彼女が酔っていたから。普段のリツィアレイテ将軍であれば、そういうことを言うはずがありません」


 誤解よ解けろ!

 心の底からそう願う。


 というか、こんなことで専属騎士としての信頼を失うなんてことがあっていいはずない。

 勘弁してくれ。


「そもそも、俺はまだ彼女のことを一度もそう言った愛称で呼んだことはありません!」


「本当ですか?」


「本当です!」


 ……確か、そうだったはずだ。

 俺はリツィアレイテのことを『リア』なんて一度も呼んでいない。


 ヴァルトルーネ皇女はそれを聞き、黙り込む。

 未だにその場の空気は冷めないものの、彼女の脳内では俺に対する処遇が導かれようとしていた。


「そうですか……」


 澄んだ声音は納得したような色を含み、俺はホッと胸を撫で下ろす。


「はい」


「なら仕方がありませんね。今回の件は不問にしておきます」


 どんな罪に問われそうになっていたのか気になるが、それを尋ねるほど無謀な俺じゃない。

 彼女の意に反したこと。

 それを許して貰えただけ、ありがたいと思おう。


 ヴァルトルーネ皇女の不満が解消されたところで、そろそろ離してもらえるのだろうかと考えていると、また胸ぐらを掴む力が強くなったのを感じた。

 ギョッとし、ヴァルトルーネ皇女に目を向けた。


「あの……」


 ──今度はどんな感情の変化が?


 何かを話す間もなく、ヴァルトルーネ皇女は告げる。


「アルディアは、誰かのことを愛称で呼ぶことに抵抗があるのですか?」


「え……いや、抵抗があるとかは……まあその、人並みにはあるかもしれませんが」


「そう、人並みに」


 ならばと、ヴァルトルーネ皇女はようやく俺を解放してくれた。

 若干首が絞まってて苦しかった。


「けほっ……あの、ヴァルトルーネ皇女殿下?」


「ちょっと黙って」


「は、はいっ!」


 背筋を正して、ヴァルトルーネ皇女は言う。


「アルディア、そのヴァルトルーネ皇女殿下……って呼ぶのを」


 ──呼ぶのを?


「以後禁止にします!」






 ──はい?









◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

『あとがき』


『反逆者として王国で処刑された隠れ最強騎士1 蘇った真の実力者は帝国ルートで英雄となる』

が2023年2月25日にオーバーラップ文庫より発売します!

特典には各種SS、アクリルフィギュアやタペストリーなどが用意されています。

書籍版のご予約もよろしくお願いします!


またコミカライズ企画も進行しておりますので、そちらも期待してお待ち頂けると嬉しいです!


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る