6章

第68話 思惑通りに





 帝国暦1241年7月下旬。



 ディルスト地方に蔓延る盗賊団はリツィアレイテ指揮の元、殆どが掃討された。

 盗賊団のアジトとなっていた場所が特設新鋭軍の新たな補給線として機能し始め、レシュフェルト王国軍襲来に向けての準備は着々と整いつつある。


「ヴァルトルーネ皇女殿下、レシュフェルト王国からディルスト地方を明け渡すようにとの通告が入りました。無論、情報は全てこちらで堰き止めております」


「そう、予定通り……というか。考えたままと言うべきかしら」


 彼女の言う通り、この宣言は前世でもあったこと。

 時期も同じくらい。

 違うことがあるとするならば、この情報を知っているのはヴァルトルーネ皇女を含めたごく一部の人のみということ。


 ──それに、皇帝陛下にすら、この情報を流れていないしな。


「如何されますか? このまま秘密裏に処理するおつもりで?」


「ええ、そのつもりよ。レシュフェルト王国からこんなことを言われたと知れれば、父上が黙っているはずないもの」


 これは、ヴァルカン帝国に早まった選択をさせないための対策でもある。

 あくまでも、ヴァルカン帝国はこの件について周知していない。

 そういうことで押し通す。

 ただ、押し通すだけでは、意味がない。


「アルディア、準備はどの程度まで進んでいるの?」


「はい、特設新鋭軍の配備は抜かりありません。襲撃日の前日からすぐに配置できるように訓練は完璧です。また、物資備蓄の量も十分あります。ある程度の長期戦に耐えうることが出来るでしょう」


「そう……既にこちらの用意は済んでいるのね」


 完全というわけではない。

 まだ、やるべきことは多い。


「ヴァルトルーネ皇女殿下、魔道具の数が足りておりません。ディルスト地方の全土をカバーしきるのは、やはり難しそうです」


「なんとかなるの?」


「はい、お任せください」


 侵入経路を絞る準備も進めている。

 だから、魔道具の設置は必要な箇所を優先して行えている。

 万が一、相手の動きが予想外なものになったとしても、ある程度進路変更をさせるよう牽制する者たちを配備すればいい。


 さて、あとは……。


「各国の来賓を招く日……そこにレシュフェルト王国の侵攻を合致させる。上手くいくでしょうか?」


 これはもう俺やヴァルトルーネ皇女ではどうしようもない。

 内通者としてイクシオン第四王子がどこまでやってくれるかが鍵となる。


「時間帯の指定はなんとかしてくれたわ。昼下がりに攻撃開始。当初は早朝に奇襲を仕掛けるという計画だったみたいだけど、イクシオン王子が上手い具合に言いくるめてくれたようね」


「凄い手腕ですね……」


 普通はそんな案を飲ませられない。

 奇襲の方が絶対的に有利な戦況から戦いを始められるのだから。


「無能な『幽霊王子』……それを装っていた彼を警戒する者はいない。それらしい噂を流して、軍の上層部を誘導したそうよ。日程に関しても、同じ手法を使うらしいわ」


「味方で良かったですね」


 ──敵だったらこの上なく面倒な相手だったな。


「ええ、だから……レシュフェルト王国の信用を落とす作戦は成功すると思うわ」


 綺麗な笑顔を浮かべるヴァルトルーネ皇女には、底知れない魅力と言い表せないほどの畏怖を感じた。


 情報操作。

 ありのままの内容は、公表することがない。

 これはレシュフェルト王国の不当な侵略行為。


 事実としてその通りなのだが、これを他国にも強く印象付けようとするのが今回の目的。

 表向き、ヴァルトルーネ皇女がディルスト地方の視察をさせようと他国の要人を招待する。

 今後の友好関係を築き上げ、各国の結束をより強いものとしよう……なんて目的を掲げている。

 無論、これは嘘。

 ヴァルトルーネ皇女の講じた策をカモフラージュするためのもの。


「急な襲撃、他国から来る来賓の方々大層驚くでしょうね」


「ええ、でも……ここで私が指揮を取り、レシュフェルト王国軍を華麗に撃退したら──」


「はい、ヴァルトルーネ皇女殿下の名声向上、レシュフェルト王国の大きな信頼損失……その二つを同時に行えます」


 一石二鳥な作戦。

 ここでヴァルトルーネ皇女がレシュフェルト王国軍を撃退したという功績を上げれば、彼女の皇位継承は近いうちに行われることになるだろう。


 皇帝グロードは隠しているものの、病に侵されている。

 後継するタイミングとしては申し分ない。


「アルディア、此度の戦い。必ず勝ちなさい。泥試合は許さない……ヴァルカン帝国とレシュフェルト王国との力の差を改めて示す時よ」


 彼女の望む未来を掴むまで後一歩。

 皇帝への道はもうすぐ目の前に見え始めている。


 俺はそれを確かなものとするために動くのみである。


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