第67話 楽しい時間はあっという間に





 宴もたけなわ。

 この時刻になってくると酔い潰れるやつがチラホラ現れる。

 酔い潰れていなくとも、皆んな顔がほんのりと赤く染まり、酒の入りが顕著に現れていた。


「おい、フレーゲル。大丈夫か?」


「無理……気持ち悪いっ……」


「やけ酒するからだろぉ」


 フレーゲルは卓上に伏して、

 ファディは完全に夢の中。


 アンブロスの様子もやや怪しい……か。


 フレーゲルを介抱しているスティアーノは俺に向けて苦笑い。


「そろそろ、帰らね? もうフレーゲルが限界だし」


 彼はそう提案してくる。

 そうだな。

 これ以上は、明日の仕事に響く。


 フレーゲルやファディは分からないが、スティアーノ、アンブロスなどは朝から戦闘訓練がある。

 俺も、ヴァルトルーネ皇女の身の回りの世話と朝からやらなければならない仕事がいくつかあった。


「──終わりにするか」


 その一言でお開きとなったこの飲み会。

 スティアーノはすぐさまフレーゲルを担ぎ上げる。


「よっしゃ、じゃあ帰るか!」


 楽しい時間はあっという間に過ぎ去った。

 またこうして飲めればいいなと思いつつ、会計をして、酒場を後にする。

 アンブロスはややフラついていたが、なんとか自立して歩いていた。

 ファディは俺が背負い、

 フレーゲルはスティアーノが肩を貸していた。


「今日は本当に楽しかったぞ」


 アンブロスは他に立ち寄るところがあると言うので、その場で別れることになった。

 手を振り見送る。


「また明日な!」


「スティアーノ、お前こそ寝坊するなよ」


「わーてるって」


 二人は同じ兵士として、明日もまた顔を合わせる。

 別れ際も特に寂しそうな様子はなかった。

 俺も無言で、アンブロスの背中を見つめ、見えなくなったところでスティアーノに肩を叩かれた。


「じゃあ、俺らも帰ろうぜ。まずは、この二人を部屋まで送り届けなきゃならないだろうし」


「だな」


 そうして俺とスティアーノはファディとフレーゲルを部屋まで送った。幸い、二人はヴァルトルーネ皇女が用意した部屋でお世話になってるので、部屋の場所は分かるし近かった。




▼▼▼




「ふぅ、お疲れ〜アルディア」


 二人を送り届けた俺とスティアーノは自室の近くにある路地の石階段に腰掛ける。

 酔い覚まし、なんて名目でスティアーノが俺を誘ったからである。


 早く帰るのは……諦めた。

 どちらにせよ、多分もうヴァルトルーネ皇女に怒られるのは確定している。

 まあ、今日一日楽しかったし、それは甘んじて受け入れよう。


「どうだった? 久しぶりの外出」


 スティアーノはそう尋ねてくる。


 静まり返った街並み。

 ほとんどの人が眠りについた世界であるかのようで、昼間とはまるで別世界のように感じる。


 軽い吐息と共に口を開いた。


「そうだな。……いい息抜きになったよ」


「そりゃ、誘った甲斐があるってもんだな!」


 中々こうして遊ぶ機会もなかった。

 それは、ここ最近の状況が……というだけでなく、忙しかったからというのを言い訳にしてきたからでもある。


「誘ってくれて、ありがとな。スティアーノ」


 俺からならきっと、こうして出掛けようとすらしなかっただろう。

 スティアーノが皆んなを集めてくれたからこそ、今日の飲み会は成立した。


「いいってことよ。また飲もうな」


「そうだな……また」


 次はいつああして集まれるのだろうか。

 ふと、そんなことを考える。


 ……集まれ、るか?


「スティアーノ、まずはヴァルトルーネ皇女殿下に対する言い訳を一緒に考えてくれないか?」


 ──今になって、ちょっとだけ。そうほんのちょっとだけだが、後のことを考えてしまった。


 本気でどうしようか……。

 悩みがまた一つ。


 はぁ……どうしよ。



「おい、ちょっと! アルディア⁉︎ 頭痛いのか? 酔いが今回ってきたのか⁉︎」


「いや、違くて……はぁ、絶対ヤバい」


「ああ、皇女様の……はは、他人事だとおもろいな」


「殴るぞ、お前」


 笑い話にするな。こっちは今、かなり本気で悩んでいるというのに──。


 とにもかくにも、今日のことは思い出の一つとなって、今後に繋がっていく。


 後日談……というわけではないが、あの後ちゃんとヴァルトルーネ皇女に怒られました。

 こそっと部屋に帰ろうとしたのに、部屋に入る直前に捕まりました。



 全然気が付かなかった。

 彼女に隠密の才能があったのが驚きではあるが、あの時の俺はそんな些細なことに思考を回している余裕なんてなくて……。


「アルディア、私言ったわよね? 暫く外出は禁止って」


「あっ……その……」


 最終的には、ひたすらに平謝りするしかなかったのだった。

 そして、スティアーノのことも若干巻き込んだら、罰が軽くなりましたとさ……。


 本当にごめん、スティアーノ。


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