第65話 専属騎士イジられる




 酒場に到着した。

 人はそれなりに多く、ガヤガヤと賑わっている様子が伝わってきた。

 俺たちは奥にある席に座り、そのまま各々酒を注文。


「よーし、スティアーノさんの奢り! 飲みますよ!」


「おい、まだそれ続けんのかい!」


 スティアーノの奢り話はもちろん嘘である。

 仕事が遅くまで続いたスティアーノを少し懲らしめてやろうとフレーゲル、アンブロスが考案した悪戯程度の嘘話だった。


「ていうか、ファディはスティアーノよりも良い給料貰ってるだろ」


 フレーゲルの指摘を受け、ファディは嬉しそうに胸を張る。


「まあ、これでもヴァルトルーネ皇女殿下に厚い信頼を受けておりますので」


「出た出た、得意気ファディくん。はぁ、いいよな。情報集めるだけで良い給金貰えてさ」


「いやいや、スティアーノさん! 情報収集も命懸けなんですって。他国の中枢に入り込むのも、骨が折れるんですから」


 酒も入っているからか、ファディはやけに上機嫌だ。

 俺は酒を一口だけ飲んで、スティアーノに告げる。


「けど、スティアーノもかなり良い給料貰ってるだろ……文句言うなよ」


「ははっ、ちょっとした定番話ってやつだよ! 本気で妬んだりしてないさ」


 ──本当かよ、ちょっと語気強かったぞ?




 なんて感じに話しながら、俺たちは酒を飲み交わす。

 他愛のない話ばかり。

 今、この時間だけは──専属騎士のアルディア=グレーツではなく、士官学校時代の幼きアルディア=グレーツに戻っているような気がした。


「けどさ、最近の話題といったらやっぱアレだよな!」


 ふとスティアーノが振った話題に他の三人も目の色を変えて反応を示す。


「「「沈黙の王アルディア大暴走事件!」」」


 息ピッタリに俺の痴態を嬉しそうに口にした。

 もうあれは、俺の中で消し去りたい過去のこと。……いや、まだそこまで日数は経過していないけど。


 ──というか、沈黙の王とは?

 ツッコミどころ満載な名称であるが、取り敢えずその部分は黙認しておく。


「いや、あれは驚きであったな。まさか、アルディアが理性を失うとは……」


 アンブロスの言葉に便乗するようにフレーゲルもまた白い歯を覗かせながら笑う。


「な、俺も見てみたかったよ」


「やめろ。話したことのない特設新鋭軍の兵士からもネタにされてるんだ……」


 当初の俺は、近寄りがたい……みたいな印象だったらしいが、この話題が広がったことにより、話しかけられる回数が増えた。

 今では、俺のことを『慈愛の悪魔騎士』なんて呼ぶ声がポツポツある。


 慈愛なのか悪魔なのかハッキリしないのが余計にモヤモヤする。


「でも、あれだろ。数多の盗賊を前にして、ミアとかリツィアレイテ将軍のためにアルディアが鬼神の如く暴れたってやつだったんだろ。格好いいじゃん!」


 いや、あんなのは本当にただの暴走だった。

 俺が大暴れしなくとも、あそこにいたメンバーなら、盗賊たちに適切に対処出来ていた。

 俺が盗賊を皆殺しにしなければ、もっと情報を得られたかもしれないのに。


「あれは、失敗だった。この反省を活かして、次はもう暴走しない……」


「なんか、トラウマになってないか?」


 フレーゲルがちょっと困ったような目を向けてくる。

 図星だから特に反論も出来ない。


「なんにせよ、アルディアは仲間想いの熱い男であると、特設新鋭軍では人気が鰻登り。良いことだな!」


「それは、初耳だ……」


 俺が人気?

 暴走行為は俺の失態。

 けど、それが俺の人気に繋がるというのか?


 疑問に思っていると、スティアーノとファディが話し始める。


「ああ、アルディアは知らないのか。ミアがお前の武勇伝が〜って、色々触れ回ってたんだぜ!」


「ああ、ミアさんが広めたんですね。俺はペトラさんからその話を聞かせてもらいました」


「ははっ、ミアとペトラが涙流しながら大笑いしてたの俺見たわ!」


 たく、あいつらか。

 確かにミアはあの一部始終を見ていたしな。

 ペトラも俺がそんなことになってたってこと知ったら、嬉々として周囲に話しそうだ。


 ……そんな風に話が広まっていたとは夢にも思わなかったけど。


 そして、思いついたかのようにフレーゲルも呟く。


「そういえば、リツィアレイテ将軍もアルディアが頑張ってくれたってベタ褒めだったよな」


「ほう、あのリツィアレイテ将軍がなぁ……誰かを褒める姿はあまり見ないが」


 アンブロスの言う通り、

 リツィアレイテは常に厳しい。

 人を褒めることは本当に稀なのである。


「いいよなぁ、アルディア。特に女性人気が高いらしいぞ。恋人選び放題だな!」


 そんな、都合良くいくかよ。

 スティアーノの馬鹿な言葉を受け流しつつ、俺は酒を流し込んだ。

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