第64話 遊び盛り





 唇を噛み締めて、

 目的地は、アルダンの市街地にある一軒の酒場であった。


 最近はあまり外出をしなくなった。


 公私共にである。

 理由は簡単なこと。

 俺が出先で任務に赴くのをヴァルトルーネ皇女が制限したからだ。


 なので、ディルスト地方に攻め込んでくるレシュフェルト王国軍、及びスヴェル教団の軍への対策はリツィアレイテがほぼ全てを担っている。

 俺はと言えば、ヴァルトルーネ皇女の側を片時も離れてはならないということで、彼女の身の回りの世話が主になっていた。


 ──あとは、限られた行動範囲内でのデスクワークか。


「アルディア、今日はぶっ倒れるくらい飲もうぜ!」


 だから、こうして飲みに出るのは久しぶりだ。

 リツィアレイテと飲んだ時以来か。


 やけに目立つ看板に視線を向けつつ、前を歩く友人の後を追う。

 スティアーノは特設新鋭軍の正装を着たままである。仕事終わりにすぐ俺を誘い、飲みに出ようとしたようだ。


「スティアーノ。分かっていると思うが、あんまり遅くなると、俺は怒られる」


「ヴァルトルーネ皇女様にか? ははっ、愛されてんなぁ」


「はぁ」


 危機感が全く足りていない。

 目先の楽しみだけにしか意識が向いていない証拠である。


 暫く歩くと、他の人影がこちらを見ていた。


「遅いぞ。二人とも」



「まあ、そこまで待っていたわけではないがな」


「俺まで誘ってもらって、恐縮ですね。今日はよろしくお願いします!」


 腕を組み待つのは、フレーゲル。

 そして、にこやかに出迎えてくれたアンブロスとファディ。

 今日は男五人で酒を飲み交わすことになっていた。


「悪いな。俺の仕事が中々終わらなくてさ」


 スティアーノがそう頬を掻きながら謝れば、フレーゲルのため息が聞こえてくる。


「どうせ、またアルディアに手伝わせてたんだろ!」


「ぎっ、ぎくぅ!」


「そのわざとらしい態度やめろ。恥ずかしい」


 人の行き交う道中。

 周囲の目がこちらに向いているからか、フレーゲルは少しだけ顔を赤くしつつ、スティアーノから目を背けた。

 こうして集まるのも久しぶりな気がする。


 いつでも会えるとはいえ、いざこうして酒を飲み交わすためにこの面子が集合するのは今回が初めてだ。


「それにしても、アディが知ったらすげぇ悔しがるだろうなぁ」


 士官学校に未だ通っているアディのことを話題に出しながら、スティアーノはクスリと笑う。

 まだ俺たちのグループで士官学校を卒業していないのが二人いる。

 アディとトレディア。

 二人ともヴァルカン帝国出身。

 けれども、卒業まではアディが一年。

 トレディアが二年ある。


「まあ、一年後に迎えるしかあるまい」


 アンブロスの言葉にスティアーノはすぐに頷いた。


「それもそうだな!」


 ──まあ、否応なしに二人はすぐこちらに来ることになるんだろうけどな。


 ヴァルカン帝国とレシュフェルト王国の戦争が始まってしまえば、学校どころではない。

 そして、その火種はヴァルトルーネ皇女とユーリス王子との関係悪化。

 そして、俺はヴァルトルーネ皇女を支持している。

 戦争も阻止しようなどとしていないし、起こること前提で動いている以上、両国の関係悪化を黙認しているに等しい。


 ……少しだけ罪悪感が。

 とか考えつつ、後戻りする気もないけども。


「アルディア?」


「ん?」


「なにボーッとしてんだよ。疲れてんのか?」


 スティアーノは俺の肩をがっしり掴む。

 そして、その反対側にはファディが立つ。


「行こうぜ、アルディア」


「お兄さん、今日はスティアーノさんの奢りらしいですよ!」


「おい、待て。それはどこ情報の話──」


「あー、聞こえないですね!」


 なんとも賑やかな空気感。

 この環境がこの先維持できないことを考えると心が痛む。

 戦争なんて忌々しいこと、出来るだけ早くに終息させないとだな。


「ちょっ、どういうことだよ⁉︎ フレーゲル? フレーゲルが言い出したのか⁉︎」


 わたわたと足を動かすスティアーノの背をパシリと叩く。

 俺はぎこちないながらも笑みを浮かべ、


「お前の奢りかよ。なら、潰れる以上に飲まないとな!」


「アルディア〜、今の話を真に受けるなよ〜!」


 彼らの悪ノリに付き合うことにした。

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