第63話 ずっと終わらない日々





「以上でーす!」


「そう、報告ご苦労様」


 意気揚々と報告を済ませたミアはそのまま軽々しいステップで部屋の扉まで向かう。


「じゃあ、失礼しますね!」


 ヴァルトルーネ皇女に一礼。

 それから、俺にはニヤニヤとした変な視線を向けてくる。


 ──楽しんでんな。コイツ。


 俺がヴァルトルーネ皇女にどんなお説教を貰うのかさぞ、ワクワクしているのだろう。

 彼女のにこやかな笑みがそれを物語っていた。


 ミアが退室する。

 扉がパタリと音を立てて、閉まり──室内は静まり返った。

 嵐の前の静かさか……それとも、


「…………」


 ヴァルトルーネ皇女の顔を見て確信する。

 これは確実に嵐の前の静かさなんかじゃない。

 天変地異の前の静けさだ!


「あの、ヴァルトルーネ皇女殿下……」


 恐る恐る声をかけると、ヴァルトルーネ皇女は視線だけこちらに向けてくる。

 咎めてくる……とはまた違う。

 ほんの少しだけ悲しそうな顔をしていた。


 また心が締め付けられる。

 ヴァルトルーネ皇女にそんな顔をさせた自分が許せない気持ちになった。


「アルディア」


「……はい」


「まずは、ご苦労様……盗賊団との戦闘で貴方が奮戦したことが私は誇らしいわ」


 そのままヴァルトルーネ皇女は透き通るように青い瞳でこちらを覗き込む。


「でもね……私は貴方に無理をして欲しいなんて思わないわ」


「……はい」


「アルディア、貴方には私の横をずっと歩いて欲しい。私が暗闇に飲まれる運命を打ち砕き、その先にある輝かしい未来を掴み取るまで……」


 消え入りそうなくらいにヴァルトルーネ皇女の声は段々と小さくなる。

 彼女は俺の手をそっと握る。

 そして、そのまま離さずに俺に近付く。


「貴方の強さ……それは私が一番良く知っている。誰よりも強くて、誰よりも仲間想い。だから、多少の無理も平気でしてしまう」


 ──俺と同じ過去の記憶を持つ彼女だからこそ、こういうことを言えるのだろう。


 無理をする理由があった。

 手段を選ぶなんて贅沢はいつでも出来るわけじゃない。

 選択肢のない戦いだってある。


 それを知っているから、結論を焦る。

 盗賊を無我夢中で斬っていたあの瞬間の俺は、何かに追われているような感覚だったのだろうと思う。何故あんなに先急いで戦っていたのか、冷静に考えられる今では、不合理なものだとちゃんと判断が行える。


「貴方と私は、過去に多くを失った経験をしている。だから、他の人より大事なものを傷付けられることに過剰な反応を示してしまうこともあるのだと思うわ。私も、貴方の気持ちが痛いほど分かるもの……」


 ──その感情を表に出すまいと、必死に鎖で縛りつけた。


 その反動が来ると、衝動はもう抑えきれないくらいに大きなものとなる。


「貴女の言う通りです。俺は失うのが怖い。とんだ臆病者なんですよ……」


「あら、臆病者の何が悪いの?」


「え?」


「いいじゃない。臆病者で。傲慢で隙だらけの愚か者なんかよりも遥かに良いと思うわ」


 ──いいのか?


「本当に、それでいいんですか。貴方の専属騎士なんですよ?」


 そう聞くと、ヴァルトルーネ皇女は口元を隠して笑う。


「ふふっ、アルディア、貴方は何か勘違いしているわよ」


「──?」


「貴方が臆病者だろうと、私は貴方に失望したりしない。貴方を選んだ時から、私の心はもう決まっているもの」


 その姿が酷く美しくて、

 俺はまた彼女に見惚れていた。

 俺なんかが、彼女の横を歩かせてもらえている。


 それがどれほど幸せなことか。


「アルディア、だからね」



 ──だから、きっと俺は、




「絶対に私のことを置いて行かないでね?」





 ──彼女の許しが降りるまで、死ねない。


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