第62話 もっと信じるべき





「そう、でしたか……」


 怖かった、か。

 憎悪に心を黒く染められて、俺は理性を機能させていなかった。本能で動くことに拍車がかかり、タガの外れた獣のような姿だったに違いない。


「以後、このようなことがないように気を付けます」


「はい。……あの、アルディア卿。これは個人的なお願いです。一人で全てを背負わないでください。私たちもいることを忘れないでください。私たちは……貴方と共に戦う覚悟をしています」


「はい」


 彼女らを信頼していないわけじゃなかった。

 無意識のうちに俺一人で全てを倒そうと動いていたのだ。

 だから、俺はダメなんだ。


 殺戮衝動に駆られるなんて……。


 これでは本当にただの殺人鬼。

 ヴァルトルーネ皇女の専属騎士失格かもしれない。


「アルディア卿、悩みがあるのでしたら、私がいつでも相談に乗ります。もっと頼って欲しい……なんて、アルディア卿からしたら、私なんて頼りにならないかもしれませんが」


「そんなことありません。貴女の言葉に俺がどれだけ救われたことか──」


 ──今回のことだけじゃない。


 前世でも、

 俺は、リツィアレイテには救われてきた。

 彼女の実力を俺は認めていたはずだ。なら、二人手を取り合い、ちゃんと協力して対処すべきだった。そうすれば、一人で孤独に戦うよりも良い結果を得られる。



 ……そう思っていたのにな。


「今日はもう休んでください。この場は私とブラッティ……その他残った兵たちで処理します」


 リツィアレイテは付近に転がる盗賊の死体を探りながら、そう告げた。

 これは、お願いではない。

 帰れと……彼女からの強い命令。


 続いて俺はミアに手を引かれる。


「アルっち、帰るよ」


 その眼差しにはどんな感情が込められていたのだろうか。

 ちょっとだけミアが怒っているように見えた。

 ミアがこんな顔をするのは、前世でも、今世でも見たことがなかった。


「ああ、分かった」


 そのまま、ミアの騎竜に乗ってアルダンまで戻ることになった。




▼▼▼




「も〜、すっごい驚いたよ。アルっちのあんな一面初めて見た!」


 空を飛ぶ騎竜の上では、ミアからお説教を食らっていた。

 まあ、俺が全面的に悪いので、返す言葉もない。

 ただ、黙り、彼女の言葉に耳を傾ける。


「でも、なんか意外だった。アルっちでも冷静さを欠く時があるんだなぁって」


「そうか?」


「うん、だってアルっち。士官学校時代はずっと物静かな感じだったし、あんな荒々しい戦い方したことなかったでしょ?」


 士官学校時代か……。

 彼女にとっては、ちょっと前までの出来事。

 けれども、回帰した俺にとってはずっと昔のことである。


 故に、自分自身がどのような生徒で、どのように過ごしてきたのかをミアほど鮮明には思い出せない。


「悪い……ちょっと思い出せない」


「え〜、記憶力無さすぎじゃん! 私たちが士官学校に通ってたのなんて、つい数ヶ月前だよ?」


「ああ、そうだった……」


 今となっては、あの頃が本当に懐かしい。


「最近が忙し過ぎて、思い出が霞んじゃったのかもな」


 今が幸せだ。

 だから、必死になって働いている。

 士官学校で過ごした日々は俺に取って確かに重要なものだった。けれども、今過ごしている時間はそれ以上に大切であると断言できる。


 別々の道を歩むはずだった友人たちと、

 死別するはずの友人たちと、

 俺はまたこうして笑い合える機会を得た。


「アルっちは頑張り過ぎだって。今日だってきっと気を張り過ぎたんでしょ」


 気を張り過ぎるなんて、自分では考えてもいなかった。

 こんなのは日常茶飯事。

 警戒を怠ることがあれば、目の前には死が待ち受けていた。


「まだまだだよ。俺は……まだ何も成し得ていない」


 始まってすらいないと感じる。

 前哨戦はいくつかこなしてきたとしても、メインとなる障壁は目の前に現れてすらいない。


「俺は、大事な人たちがずっと笑っていられる未来を掴みたい。そのためになら、命だって惜しくないんだ」


「だから、あんな無茶したの?」


「…………かも、な」


 ──時々夢を見る。

 また彼らを失い、俺自身が本格的に崩れていく夢。



 出来るだけ危険を遠ざけたい。

 そんなことを頭の片隅で考えていたからこそ、自己完結した強引な解決方法を使おうとするのだろう。


「次からはさ、私とかも頼ってよ」


「ああ……」


「大丈夫だから! アルっちについてきた人たちに弱い子なんていないでしょ? 士官学校でも優秀だった私含め親友たちのことも、今の特設新鋭軍に所属している人たちのことも、もっと信じようよ。アルっちからしたら、全員守るべき存在なのかもしれないけど、世間一般から見れば、私たちはちゃんと強いんだからさ」


 そう、だったな。

 皆んな、俺とヴァルトルーネ皇女が集めた優秀なやつら。

 信じてやらなくて、何が仲間だ。


 俺はミアに軽く頭を下げた。


「ありがとう」


「え?」


「忘れていたつもりはなかった。でも……基本的なところが疎かになっていたんだなって今更ながら気付けた」


 繰り返さないようにしよう。

 もう、あんな無茶は控えるようにして、

 悲しそうな顔をさせたくないから。


 空を飛ぶ騎竜の上は少しだけ肌寒かった。

 けれども、不思議と寒くなく、震える感覚もない。


「いいじゃん! いつものアルっちに戻った!」


 友達は本当に大切なものだと、本当にそう思う。

 かけがえのない人たちを守ろうとするのは間違いなんかじゃない。やり方さえ、ちゃんとすれば、それはきっと良い未来に繋がるプロセスになる。


「いつものって、なんだよそれ」


「へへっ!」


 張り詰めた空気がゆっくりと溶かされるようだった。

 凍てついた世界に一筋の光が差したような──不思議な感覚だ。


「あっ、アルっち!」


 ミアが思い付いたように声を上げる。

 そちらに視線を向けると、なにやら、ニヤニヤと不敵に笑うミアの姿があった。


「今回のアルっちの勇ましい戦いの一部始終、皇女様に報告するからね〜」


「──ぐっ!」


「もう、心配かけちゃだめだかんね!」


「き、肝に銘じるよ……」


 ……はぁ、まあそうなるか。

 ヴァルトルーネ皇女にどんなことを言われるのだろうか……そんな心配をしつつ、俺は諦め目を瞑った。

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