第61話 理性を保てない






 斬っていいのは、斬られる覚悟のあるやつだけだ。

 ……とか、どこかで聞いたことがある。


 最初はその意味をよく分かっていなかった。

 相手を斬るのに、何故自分が斬られる覚悟なんてものをしなければならないのかと思った。

 斬られたら痛いし最悪死ぬ。


 相手を殺すのであれば、斬られない覚悟をすべきなのではないかと。



 ……ああ、本当に甘い。

 そんなことでは何一つとして守ることが出来ないと、後悔してからじゃなきゃ分からないなんて。


 己の身が粉々に刻まれようとも、剣を振るい続ける。

 それが出来て初めて、本物と呼べるというのに。


「くっ、来るなぁ! うぶっ……⁉︎」


「何故逃げる。武器を取って戦えばいいじゃないか」


 問うてみるものの、既に相手の命は尽きていた。

 こうも簡単に奪える命、相手方だって俺の命を奪い取ろうと躍起になればいいものを。


 戦況は完全にこちら側の流れになっていた。

 盗賊たちの数は目に見えて減り、

 転がる死体と息の薄い死にかけの者たちが大量に地面に横たわる。


 まだ残っている盗賊も、逃げ腰なのか俺が近付くと一歩下がるを繰り返す。


「金品を奪うんだろ……なら、必死になって立ち向かって来ればいい」


「馬鹿がっ、命あっての盗賊なんだよ!」


「何を言って……相手を先に殺せばそれで全て丸く収まるだろ」


「お前……本当にヤバい。頭、狂ってやがる……」


 そうかもしれないな。

 でも、狂っているから何が悪いということもない。


 ただ黙々と俺は盗賊に剣を突き付け、前に進む。


「生き残るのは……どちらか一方。俺は至極当たり前のことを言っているだけだ」


 戦争も、盗賊との争いも、同じこと。

 結局はどちらが消え去らなければ、戦いは終わらない。

 盗賊はディルスト地方に蔓延る害悪。

 つまり、それらをひたすらに辿っていけば、彼らはヴァルトルーネ皇女の敵と同列。


 俺は決めたのだ。

 ヴァルトルーネ皇女の前に立つ敵は、何人であろうと必ず排除すると。


 それは盗賊でも貴族でも関係ない。


「覇道の前に異物は必要ない。彼女の進む道は──俺が整える! 邪魔者は皆殺しだ」


 だから、俺は戦う。

 全ての敵を排して、彼女の笑顔が未来永劫続くように。


「はぁっ!」


 剣を取り、また駆け出す。

 相手が逃げようと関係ない。

 卑怯者と言われても構わない。


 憂いを断たなければ、後々に響くのだから。


「ミア、ブラッティ! アルディア卿の援護を。急いで!」


 何も聞こえない。

 己が振るう剣の風を切る音と、肉を断つ感触だけがその場を支配していた。


「アルっち、ちょっと! なんでそんなにっ!」


「アルディアさん、そんなに前に出なくても……撃退という名目なら、もう果たされましたよ!」


 敵を殺さねば。

 もう、何も奪わせはしない。

 情けなど不必要な感情だ。


 ──全員殺せっ!




「アルディア卿っ!!」



 ────っ!


「…………リツィア、レイテ、将軍?」


 リツィアレイテの声が目の前の暗闇を一気に拭い去った。

 視界が見える。

 目の前には、盗賊の死体だけが転がっていた。


「…………盗賊団は全滅しました。もう、これ以上の攻撃は不要です」


「──あ」


 ……やってしまった。

 こんなの完全に暴走じゃないか。

 輪を乱して、ただ目の前の敵を殺すことばかりに囚われて──あの頃と何一つ変わらない。


「アルっち……」


「アルディアさん……」


 ミアとブラッティも心配そうにこちらを見てくる。

 申し訳ない気持ちが込み上げてきて、心臓が締め上げられるような感覚が脳内を支配する。


「……申し訳ありません。冷静さを欠いていました」


「いえ……アルディア卿に任せっきりになってしまった私たちも反省すべき点が大いにあります。ですが、その……」


 リツィアレイテはその続きを絞り出すように声に出す。


「ああいう戦い方は……もう、して欲しくありません」


「──っ!」


「いえ、アルディア卿が私たちのことを守ろうと必死になってくれていたというのは凄く伝わってきました。ですが、少しだけ、アルディア卿が怖かったです」

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