第60話 慈悲はない

 




 盗賊団といえば、無法地帯に蔓延る厄介な武装集団である。

 弱い者、数の少ない者に目を付けて。

 脅したり、武力を行使したりして、その日の蓄えを得る。


 地道に働かなくても生活出来る……そう考えれば、とっても合理的な生き方であるとも言える。


 ──まあ、許される行為じゃないから。合理的とか関係なくアウトなんだけども。


「おらぁ!」


 振りかぶった剣は刃こぼれが酷いものであった。

 手入れのなされていないボロい剣。

 錆び付いており、斬る……というよりも殴るという表現の方が似合いそうなものだ。


「ちっ、ちょこまか動きやがって……」


 複数人の盗賊が剣を振るうが、俺の身体には掠ることすらない。

 士官学校で学んだことも、

 過去に戦場で幾度となく経験した死地も、

 そして、特設新鋭機軍での訓練も、


 その全てを身をもって味わった俺からすれば──。


「うぉぉぉらぁぁぁぁっ!」


 ──そんな粗末な攻撃で人が殺せるのか、甚だ疑問なのだ。


「ふっ!」


「あがっ……⁉︎」


 俺の剣が盗賊の腹部を貫き、血飛沫が顔に付着する。

 服に滲んだ血の跡が広がり続けるのを少しだけ眺めて、俺は剣を引き抜いた。


 フラフラとする盗賊の一人。

 そのまま遠くまで蹴飛ばす。


「……ふぅ」


 ──戦場はこんなものじゃなかった。一息入れる隙すらない。目の前で仲間の死を嘆いている盗賊のように……隙を作る者などは真っ先に死んでいく。


 最後に残るのは、


 全てを失っても尚、進み続ける孤独な強者だけだ。


「こいつ……ヤベェよ……」


「目が……」


「人殺しのそれだぞ……おい」


 ──人殺し。なるほど、言い得て妙だな。


「ふっ」


「「「────!」」」


 思わず笑みが溢れてしまう。

 そうだ。


 俺は別に純粋で綺麗な人間なんかじゃない。

 ヴァルトルーネ皇女に仕える専属騎士でありながら、前世ではただ目的もなく敵を殺して回った殺人鬼。


 確かヴァルカン帝国では『冷徹なる黒衣の魔王』なんて呼ばれていたんだっけか。

 少し前にヴァルトルーネ皇女からそのことを聞いた。

 我ながら、酷い名称を付けられたものだと思う。


 自覚はなくても、相当暴れていたのだろう。

 過去の自分は……いや、今世でもきっと──。


 前に出る。

 そして、一人、また一人と盗賊を斬る。

 躊躇なんてしない。

 手が血に塗れて、赤く染まり、その温度を肌に感じようとも、俺はもう止まらないと決めたのだ。


「お、お前……人の心というものがっ! あげぇっ!」


 喉元に剣を突き刺した。

 何か伝えたかったようだが、最後まで聞き取れなかったな。


 人の心が云々と……それを俺に尋ねるのは間違っている。


「俺にだって人の心はあるさ。……大切なものを失わないために敵を殺す……そのためだったら、悪魔にでも、魔王にでもなれるんだよ」


 だってそうだろ?

 究極的に言えば、これは命の奪い合い。

 奪われる前に奪うのは、当たり前のことをじゃないか。


 どうして、


 ……どうして、相手の命を脅かしたのに、自分たちは助けてもらえるなんて幻想を抱いているんだ?


 盗賊の癖に、本当の殺し合いを知らないなんて。

 可笑しな話だ。


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