第58話 イライラ専属騎士




 ブラッティの願いが叶うことはない。

 それは、仕事があるからと、突っぱねたからではなく、もっと別の要因があったからである。


 俺とブラッティが顔を合わせて話している中、上空で風を切る音が微かに聞こえた。

 ブラッティもそれが耳に入ったようで、二人で上を見る。

 大きな翼。

 尖った牙と皮膚に連なる硬質的な鱗が目に映った。


「おーい、アルっち! ……と、ブラッティ〜!」


 巨大な騎竜。

 それに跨りながらこちらに手を振るのは、笑顔のミアであった。


「ミア⁉︎」


「ミアちゃん⁉︎」


 彼女がどうして……?

 ミアは確か、リツィアレイテと共に別の場所にいたはずなんだけど。


 俺の疑問にミアはすぐに答えてくれた。


「急でごめんね〜、実はさ、ちょっとばかし問題が起きちゃったんだ。それで、リツィアレイテ将軍からアルっちのこと呼んできててって言われたんだぁ」


「リツィアレイテ将軍が?」


「そそ……アルダンからディルスト地方に連なる補給線の確認をしてたんだけどさ、近くに盗賊団のアジトがあってね」


 盗賊団。

 街道沿いや人気のない場所で旅行者や通行人を襲い金品を強奪する者たちのこと。

 山中や海上に拠点を置き通行人などを襲う場合が多く、人里に現れるのは稀である。


 ディルスト地方は資源採掘なども盛んであり、対して大きな都市は少ない。

 盗賊団にとって居心地の良い場所なのだろう。


 厄介極まりない相手。


 ほとんどの盗賊は多勢を以って形成し、首領格を中心とした組織を構成している。

 彼らの構成員には、犯罪者、貧困層に属する元平民などが多い。

 失うものが少ない彼らは敵対する国家の騎士、兵士などよりも突飛な行動をしてくるため少しばかり苦手だ。


 ──ファディなら、この手合いの者に詳しいかもな。


 彼には追々相談するとして、野放しにしておくわけにもいかない案件だ。


「リツィアレイテ将軍はなんて?」


 すぐにリツィアレイテの考えを聞こうと俺はミアに尋ねる。


「『アルディア卿を呼んできて、今すぐあの者たちを討伐します』……って、言ってたよ。リツィアレイテ将軍って清廉潔白っていうか……盗人とかの犯罪者を許せないタイプだしね。超張り切ってた」


「そ、そうか……ありがとう」


 その情景が目に浮かぶようだ。

 彼女であれば、問答無用で盗賊団を片っ端から捕縛する……か、最悪斬り捨てることだろう。


 まあ、盗賊団なんて治安悪化の原因になる。

 ヴァルトルーネ皇女の計画をチラッと聞いたが、その時に盗賊団がディルスト地方にいては作戦に支障が出るかもしれない。


「分かった。今から向かおう」


 俺はそう告げ、ブラッティに視線を向けた。


「そういうことだから、悪いが……観光の話は無しにしてくれ。今からリツィアレイテ将軍のところに行く」


 ブラッティはその言葉を聞き、残念そうな顔……をしていなかった。

 逆に楽しそうに笑い、俺の肩をポンポンと叩く。


「ううん、別にいいよ。リツィのとこに行くんだもんね! へへっ!」


 嬉しそうになる意味が分からない。


「言っておくが、仕事だからな」


「分かってるって! ほらほら、行こ行こ」


 手招きされて、俺はブラッティの騎竜に跨る……え、なんでナチュラルに俺は騎竜に乗せられてるんだ?

 俺は馬に乗って来たはずなんだが、


 俺の乗ってきた馬の方に視線を向けたが、ブラッティに無理やり頭を前方に固定される。


「うっ……何する……!」


「もう、馬より騎竜の方が飛べて速いんだから、あっちのは気にしなくていいの!」


「いやでも」


「アルディアさんの馬は他の兵たちに任せてあるから……あっ、ミアちゃんもう飛んじゃってる!」


 最後まで話を聞けよ……と、言っている暇などなく、ブラッティの騎竜は空に浮かぶ。

 ミアの騎竜を追うように、速度がぐんぐんと上がっていく。


 ちょっと待ってくれ。

 俺、まだ騎竜に乗った経験がないんだ。

 初騎竜なのに、そんなに爆速で飛ばれると……ううっ、無理だ。ちょっともう、地面が遠のいていくという景色が見えただけで冷や汗が垂れる。


「あれ? アルディアさん、顔色悪いよ。どうしたの、寝不足?」


 ──はぁ、寝不足なわけがないだろ。


 俺が初めて、ブラッティのことを本気で殴りたくなった瞬間であった。

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