第54話 襲撃に備えて



 王国暦1241年7月。



 ヴァルカン帝国の害となるリゲル侯爵を排斥したことにより、ヴァルトルーネ皇女へ皇帝グロードから褒賞授与が行われた。

 これにより、ヴァルトルーネ皇女が設立した特設新鋭軍の優秀さも評価され、軍の人員は更に増えることとなる。


 徴兵制度も見直された。

 リツィアレイテを筆頭として、平民にも優秀な兵士がいるということがヴァルカン帝国内でも認められ始めた。

 身分や性別によらない実力を最大限に尊重した重用。


 まだヴァルカン帝国内では貴族至上主義の思想が根強い。

 けれども、これを機に少しはその考えが軟化されると考えられる。


 ──これはヴァルカン帝国の踏み出した大きな一歩。


 これから先、この国はより良いものになっていくと、そう感じる。


「ヴァルトルーネ、お前に褒美をやろう。何がいい?」


 皇帝グロードとの謁見。

 ヴァルトルーネ皇女は深々と頭を下げながら、とあることを要求した。


「では恐れながら申し上げます」


 彼女の要求するもの。

 それは既に俺やリツィアレイテの知るところである。


「──褒賞として」


 これもまた彼女の権威を強めるためのもの。


「他国に我がヴァルカン帝国の領地の素晴らしさを伝える権利を……賜りたく存じます。近いうち、周辺国を集めて、ディルスト地方の豊かな風景をお見せしたいのです」


 抜かりなく、レシュフェルト王国との戦争に備える。

 そのための一手が、他国にヴァルカン帝国のことを紹介する……なんていう。

 一見、意味の無さそうなことであった。




▼▼▼




「報告によれば、レシュフェルト王国がディルスト地方に侵攻してくるのは、今から約二ヶ月後。目的は、ディルスト地方に眠る莫大な鉱山資源かと思われます」


 報告者はフレーゲル。

 届いた手紙を読み上げ、その場の者たちは息を呑んだ。


 俺、ヴァルトルーネ皇女、リツィアレイテ、ファディ、スティアーノ、ペトラ、ミア、アンブロス。

 一同の中で最も冷静さを保っていたのは、おそらくヴァルトルーネ皇女だっただろう。


「イクシオン王子殿下から伝えられた情報に誤りはないと思われます。ヴァルカン帝国の諜報員が調査した結果も、彼から聞いた情報とほぼ一致しました」


「報告ありがとう」


 話を一旦終わりにして、ヴァルトルーネ皇女は大きく息を吸った。


「フレーゲルからあった報告の通りよ。レシュフェルト王国は帝国の大切な領地を狙っている。事前の調査がなければ、ディルスト地方は彼らの手に落ちていたことでしょう」


 彼女の言葉に皆が青ざめた顔になる。

 まあ、今の俺たちがレシュフェルト王国に領地を取られるなんて失態を犯すわけはない。


「けれど、今の私たちは彼らの動きが掴めている。帝国の誇りを傷つけるような敗北は万に一つもあり得ない!」


 彼らの出方を知っている。

 彼らの進行も、向こうにいるイクシオン王子が逐次教えてくれる。

 この時のためにヴァルトルーネ皇女が進めてきたものが数々の打開策となってレシュフェルト王国の前に立ち塞がるのだ。

 いよいよ戦争の火種となる出来事が目前に迫っているからか、ピリついた空気が漂う。


「あの、ヴァルトルーネ皇女殿下……ご報告がもう一つあります」


 そして、フレーゲルはまだ伝える情報があるみたいで、手を上げ全員の注意を引きつけた。


「何かしら?」


「はい。ディルスト地方侵攻……もちろん、レシュフェルト王国の軍が敵の主体となるわけですが、イクシオン王子殿下からの情報によると──聖女レシア率いるスヴェル教団も王国と結託してこちらに軍隊を送ってくるかもしれない、とのことです」


「────!」


 スヴェル教団。

 レシュフェルト王国を中心に活動している世界最大の宗教団体。

 そういえば、ディルスト地方にレシュフェルト王国が攻め込んでくる理由に聖地奪還……なんて事情があったな。


 そんなことを理由に攻め込んでくるのだ。

 スヴェル教団の関与があっても、別におかしくない。


「そう、なるほど……教団が」


 教団の後ろ盾があるのなら、レシュフェルト王国はさぞ動きやすいことだろう。

 スヴェル教団の信仰者は多い。

 戦争になれば、レシュフェルト王国と面している殆どの国々は丸々こちらの敵となるだろう。明確にレシュフェルト王国側に非のある戦争だったとしても、だ。


「ヴァルトルーネ皇女殿下、レシュフェルト王国への対応はもちろん大切ですが、こうなれば……スヴェル教団との挟撃にも注意しなければなりません。特設新鋭軍を複数に分けて配備した方がよいかと」


 そう告げれば、ヴァルトルーネ皇女は静かに頷いた。


「そうね。……フレーゲル、ディルスト地方迎撃戦の作戦を練り直すわ。貴方は引き続き、レシュフェルト王国側から入ってくる情報の精査をお願い」


「かしこまりました」


 フレーゲルはその場を足速に去った。

 あいつも、多忙そうだな。

 呑気にそんなことを考えていると、


「アルディア、リツィアレイテ将軍!」


 俺とリツィアレイテの名が呼ばれる。


「貴方たち二人は兵を率いてディルスト地方周辺の調査をお願い。アルディアは敵の侵入経路を洗い出して。リツィアレイテ将軍は補給線維持をするために我が軍が入れそうな場所を探してちょうだい」


 急ぎの任務。

 時間は僅かしかないだろうけど、やり切るしかないな。

 ディルスト地方は広大だが、レシュフェルト王国に近い地域からの侵入が可能性としては高い。


 レシュフェルト王国からディルスト地方に続く道はいくつかある……が、それは特に気にしなくてもいい。

 そんなもの、いつだって塞げる。

 迎撃戦というものは、その名の通り相手を迎え入れて戦うこと。

 相手のことをエスコートするのもまた、迎撃する側の務めである。


「はっ。侵入経路の発見に努めます!」


「こちらも、我が軍が布陣する際、最も最善の立地がないか探してみます」


「二人とも、頼んだわよ」


 レシュフェルト王国との戦いが本格的に動き出す。

 逃げも隠れもせず、ただ毅然とそれに対処しようとするヴァルトルーネ皇女は、誰の目から見ても、ヴァルカン帝国を導くに相応しい姿だったと思う。


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