第53話 飛躍する話題を鎮めたい最強騎士




「ええっ! じゃあ、リツィと昨日飲みに行ったんですかぁ!」


 心配で見にきたら、リツィアレイテの同僚らしき女性に捕まってしまった。

 どういうこと?


 昨日の酔い潰れ方が気になり、立ち寄ったらこのざまである。

 倒れるリツィアレイテをなんとか受け止めて、そのままベッドに寝かせたところで目の前の子から質問責めにされている。


「はい、飲みに行きました」


「で、リツィを酔わせてお持ち帰りしちゃったと!」


「それは違います」


 変な誤解をしないで欲しい。

 割と早い時間に切り上げることになった上に、彼女を部屋まで送り届けてから、俺はまた仕事をすることになった。


『悪いアル、ちょい手伝ってくれ』


 偶然仕事中のスティアーノと会い、大量の荷物を運ばされたのだ。


 ──今日はついてないとか思っていたが、今にして思えば、事実無根の噂を抑止するためのアリバイ作りになったな。


「昨夜はリツィアレイテ将軍と一時間程飲んでから、すぐにお開きとなりました」


「えぇ、それだけなの!」


「はい。その後リツィアレイテ将軍を部屋まで送り届け、そのまま俺は仕事をすることになりました。歩兵部隊のスティアーノに確認をしていただければ、事実であると分かるはずです」


 説明を終えて、なんとかなったと息を吐く。

 これであらぬ誤解も解けて、怒られることもないだろう。

 そう思いつつ、目の前の女性の顔を見てみると──。


「む〜」


 何故か膨れていた。

 え?


「あの、どうかされましたか?」


 聞き返すと、ビシッと人差し指をこちらに突き付け、


「なんでお持ち帰りしないんですかっ!」


 とんでもないことを言われてしまった。

 いや、なんでその部分を咎められなきゃならないんだ。

 紳士的に対応したのに、怒られ……彼女の言う通りにしたとしても、それは最低な行為である。


「理不尽な怒りを向けないでいただきたい」


「だって、リツィはこんなに美人さんで。無防備なままいたら、普通は襲いたくなるものじゃないですか!」


「襲いたくなったとしても、襲わない人だっています」


「それは男じゃありません!」


 性別否定された。

 泣いて良いか?


 確かにリツィアレイテは整った顔立ちをしている。

 普段はクールで格好いい彼女が酔ってふにゃふにゃになっていたあのギャップは確かに可愛いと感じた。

 けれども、それで『襲おう』なんて思うようなやつは本当に節操のないクズでしかない。


「それとも、リツィに魅力がないとでも!」


「そんなこと……」


「言ってるんですよ。可愛い女の子が酔い潰れていて……その据え膳を食わないということは、リツィに魅力を感じていないってことと同じなのです!」


 暴論だ。

 早くなんとかしないと、ヒートアップし過ぎて外にまでこの下品な会話が漏れてしまう。そんなことになれば、俺に非難の視線が殺到すること間違いなし。

 だから、


「リツィアレイテ将軍はとても魅力的な女性です。手を出す気はありませんが、彼女の美貌やしっかりとした人間性を俺は高く評価しているつもりです」


 ベタ褒めしとくことに決めた。

 もちろん、嘘は言っていない。

 リツィアレイテ将軍は本当に魅力的である。それは誰の目から見ても明確だろう。


 俺が彼女に手を出さないのは、恋心を抱いていないから。

 いや、抱いていたとしても、同意なしに手は出さない。


「じゃあ、リツィを襲いなよ!」


「襲いませんよ」


「はぁ……」


 ため息を吐きたいのはこっちだよ。

 何故論点が襲う襲わないなんていう極端なところにあるんだろうか。こういう人間関係はそんなに単純じゃない。


「俺はリツィアレイテ将軍のことが好きですよ。尊敬もしています」


「…………」


「彼女も俺を信頼してくれていると思います。だからこそ、この関係性を壊したくはない──信頼は積み上げるのに時間がかかりますが、崩れるのは一瞬なんです」


 大切な人には常に誠実でいたい。

 信頼を損いたくないし、誰も失いたくない。

 全てを失った頃の俺は心に大きく空いた穴を埋めることが出来なかった。


 無気力なまま殺された。


「リツィアレイテ将軍は、俺にとって同志みたいなものなのです。ヴァルトルーネ皇女殿下に仕える……同じ志を持つ絶対に失いたくない仲間なのです」


「うん……そっか」


「今はただ、ヴァルトルーネ皇女殿下に忠誠を誓う者同士、手を取り合い、ヴァルトルーネ皇女殿下の進むべき道を切り拓くため、共に戦う……そういう関係性なのですよ」


 今は恋なんてしていられない。

 ヴァルトルーネ皇女の悲願を成就させるために。

 俺はリツィアレイテと共に戦場を駆け抜けたい。


 そこまで言い切ると、女性は大人しくなっていた。

 分かってくれたみたいだ。

 その女性の頭を軽く撫で、見上げてくる瞳をじっと覗いた。そして、眠るリツィアレイテの方に視線を移す。


「リゲル侯爵領での戦いで、彼女は本当に頑張ってくれました。今日くらい休ませてあげましょう」


「そうですね。私! リツィの看病します」


「では、俺はリツィアレイテ将軍の仕事を分担するように特設新鋭軍の者たちに伝えてきます」


 去り際、部屋から聞こえてきた言葉があった。

 リツィアレイテに向けて、その女性が告げた言葉。


「よかったねリツィ。素敵な仲間ができて」


 ──こちらこそって感じだよ。


 俺は過去の世界でヴァルトルーネ皇女とリツィアレイテの言葉に救われた。

 だから今世では、


 俺が彼女たちの助けになれるようにしたいのである。


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