第47話 決着と更なる進撃


「はぁはぁ……」


「っ!」


 大男との勝負の行方。

 滴り落ちる赤い血。

 地面は真っ赤な水溜まりが出来上がり、ズルズルと足下が滑りやすくなっていた。


「……ぐっ………かはっ、ん!」


 大男の振り抜いた棍棒は──。


「クルルッ」


 騎竜の前足にガッチリと掴まれていた。

 止まった時間。

 その中で俺はポツリと呟く。


「終わりだ。狂騒の強者よ。お前の戦いはこれで終幕。ゆっくりと眠れ……」


 リツィアレイテの槍は大男の心臓部分を貫き、俺の剣は彼の首半分にまで食い込んでいた。

 絶命は確実。

 

「……がっ…………⁉︎」


 安堵の息がリツィアレイテから漏れた。

 俺もそれに次いで、ゆっくりと肩の力を少しだけ抜く。


 これは俺だけの勝利ではない。

 リツィアレイテと二人で掴んだ勝ちである。


 剣と槍を引き抜けば、大男は崩れるように膝から落ちる。

 大きな音と共に血溜まりを広範囲に撒き散らす。

 大男はそのままうつ伏せに倒れ、ピクリと痙攣した後……完全に動かなくなった。


 ──なんとか、終わったな。


「アルディア卿、お見事です」


 リツィアレイテからの賞賛に俺は首を横に振った。


「いえ、リツィアレイテ将軍のご助力がなければ、こんなに早くやつを倒すことは出来ませんでした。ありがとうございます」


「ふっ、倒せなかった……とは、言わないのですね」


「────っ!」


「やはり、アルディア卿はお強い。私の目標とすべきお方です」


 言葉一つで更に盛り上がってしまった。

 リツィアレイテに随分と懐かれたものだ。

 向こうはあまり話すようなタイプじゃない。だから、彼女がこんなにも俺に話しかけてくるのが意外である。


「リツィアレイテ将軍、本軍の方もだいぶ奮戦しているようです。我々は先にリゲル侯爵のいるであろう、邸宅へと向かうとしましょう」


「はい。いよいよ大詰めのようですね。初陣の手柄にしては上々の出来! この調子で進みましょう」


 残る仕事は、リゲル侯爵を捕らえ、彼をヴァルトルーネ皇女の前に連れて行くこと。

 もうここまでの猛者はいないと願いたい。

 彼女が彼を罰することで、初めてこの戦いは終わりを迎える。


 


 ──リツィアレイテ将軍の言う通り、大詰めなのだ。




「アルディア卿、お疲れ様であります。周囲の敵兵は無力化致しました」


「報告ありがとう。騎兵隊は引き続きここ、中央広場の警護を。本軍の到着を待ちつつ、左翼側の兵たちと協力して、怪我人の手当てを行え」


「はっ!」


 指示出しも終わり、俺とリツィアレイテは視線を同じ方向へと向ける。

 中央広場のその先──リゲル侯爵はすぐ目の前だ。


「行きましょうか」


「はい。背中はお任せください」


 悲願のための第一歩。

 それを成し遂げるまであと少しだ。

 リゲル侯爵は殺さない。


 その罪を裁くのは俺じゃない。



 ──ヴァルトルーネ皇女だからだ。



 前へと進む。

 目の前を塞ぐ敵兵が見えたが、進行速度を落とすことはない。

 リツィアレイテと二人。

 少数精鋭にも程があると思ってしまうが、彼女となら並みの兵士の大群になど負けるはずがない。


「敵はたったの二人だ、さっさと殺せ!」


 ──侮るなよ。その慢心、後悔させてやる。


 リツィアレイテと目配せし、俺は少しだけ進行速度を落として、リツィアレイテを先に行かせる。

 彼女の騎竜は敵兵の目前で止まると、その大きな巨体を見せつけるように持ち上げ、叫ぶ。


「ギャァァァァッ!」


 ──分かっていても、ビビるよな。


 戦場において凶暴な騎竜を前にしたら、誰しもが多少なりとも恐怖を感じる。

 けど、その戸惑いが命取りになるんだぞ。

 騎竜の影から、俺は飛び出す。


「──っ!」


 斬り伏せた敵兵の首が宙に浮かぶ。

 そのまま近くにいた兵士たちも同じように薙ぎ払った。

 手足、脇腹、胸元、頭頂部、様々な箇所に重傷を負う敵兵は嘆き倒れていく。


「ああ、俺の腕がぁ!」


「目が……何も見えない。助け……ぐぇぇっ!」


 苦しみの叫びを聞いて、敵兵の顔が一気に青ざめるのを見逃さなかった。

 付け込む隙は作り出す。

 人というものは、心がある限り必ず動揺を見せる生き物だ。


「はぁっ!」


 更に剣を振る。

 鮮血が飛び散り、顔に返り血が付着するがそんなことを気にしている暇はない。

 一回でも、一秒でも速く剣を振れ。

 無駄な動きを徹底的に排除して、最短で片付ける。


 きっかけを作った。

 その機を見計らい、リツィアレイテも槍を振り敵を吹き飛ばし始めた。


「な、なんなんだよ……あの二人。あんなの……人間じゃねぇぞ!」


 人外扱いされるのも、悪くないな。

 武人である俺たちからしたら、それは褒め言葉に入る。


「リツィアレイテ将軍、このまま押し切るぞ」


「ええ、後方からも続々と援軍が来ています。本軍到着も近いですよ」


 俺とリツィアレイテはたった二人で数十名の敵兵を倒し、活路を開く。

 さあ、最終戦だ。

 リゲル侯爵まで本当に後少し!


「全て薙ぎ倒しましょう!」


 振るわれた剣と槍は、多くの血飛沫と断末魔を生み出して、

 真っ赤なレッドカーペットを作り出す。

 金属と金属がぶつかり合う音が、響き続ける。



 ……そして。

 いつしか、その金属音すら消えた──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る