第44話 覚えのない胸騒ぎ(皇女視点)
──何故かしら?
胸騒ぎがする。
本軍の戦況は良好なのに……この危険な香りはどういうことなのだろう。
まるで波乱の予兆かのように遠くの空で灰色じみた雲がこちらに迫っていた。
──アルディア、リツィアレイテ、皆んな……どうか無事でいて。
祈るように願い、私はそのまま息を吐いた。
「ファディ、相手方におかしな動きは?」
横に鎮座するファディに話しかけるが、彼は無言で首を振るだけ。
そうよね。
今は順調に進んでいる。
何も悪いことなんて、起きていない……。
「ヴァルトルーネ皇女殿下、何か気になることでもあるんですか?」
アルディアの学友であり、元レシュフェルト王国貴族、マルグノイア子爵家の貴族であったフレーゲルがそう尋ねてくる。
「いいえ。ただ、少しだけ不安になったの。こんなに順調に進んで……本当にこのまま終わるのかって……思っただけ」
「…………」
刃を向けてくる敵が私たちの喉元に一矢報いようと色々企んでいると感じてしまう。
「ヴァルトルーネ皇女殿下、アルディア卿からのお言葉を預かっております」
「──っ!」
進み続ける自軍をじっと観察していると、右翼側から流れてきた兵がそんなことを言ってくる。
アルディアからの報せだわ。
「内容は?」
「はっ、『毛色の違うような敵が見えたら注意してくれ』とのことです。どうやら、アルディア卿は何かを感じ取ったみたいでして」
「なるほど……そう。ありがとう、ご苦労様」
──アルディアがわざわざ兵を遣わせてまで、こちらに注意喚起を行った。
それはつまり、
由々しき事態が目の前で起こるというほとんど確信に近いもの。
まだまだ気を抜くわけにはいかないわね。
「フレーゲル、貴方は急ぎ他軍との情報共有を。何かあればすぐに知らせてちょうだい」
「はっ!」
駆け出すフレーゲルの後ろ姿を見ながら、私は残ったファディに視線を向ける。
「貴方はどう思う?」
リゲル侯爵の卑怯さを一番理解しているであろうファディ。
そんな彼に意見を求めれば、彼は暫く考え込んだ後、思い出したかのようにポツリと呟く。
「……もしかしたら、地下の怪物を解き放ったのかもしれません」
地下の怪物……。
噂でだけど聞いたことがあるわ。
リゲル侯爵領の地下牢に囚われたとても凶暴な傭兵がいる。
彼は領内で暴れ回り、その結果拘束されてしまった。
その男を押さえるために兵士数十人が束になってようやく取り押さえることが出来たとか。
それほどの実力者。
リゲル侯爵がこの戦況を打開する為、苦し紛れにその怪物を解き放ったとしても、なんら不思議ではない。
「地下の怪物はどれほどの強さなのかしら?」
「えっと、正確には分かりませんが……恐らく、アルディア卿かリツィアレイテ将軍でない限り、相手にするのは厳しいかと思います」
そう。
二度の人生で私の選んだ専属騎士二人でしか対抗できないと。
「二人が怪物と戦ったとして、勝率はどれくらいだと思う?」
「それは……本当に分かりません。相手の実力が未知数である以上、あの方々が勝てる……なんて言い切れませんから」
ファディは二人がどれほどの強者かを知っている。
特設新鋭軍の中でも、あの二人は別格だ。
そんな二人であっても、勝てるかは分からない。
そんな敵が、リゲル侯爵領に潜んでいるなんて想定外のことだわ。
でもね──。
「リツィアレイテは分からなくとも、アルディアは──絶対に勝つわ」
「──っ! 何故そう思うのですか?」
何故……ね。
愚問というものね。
彼は言ったの。
『貴女のためだけの剣となり盾となりましょう』
私の剣は折れてはならない。
私の盾は破られてはならない。
私の専属騎士は──
私の命が尽きるまで、死んではならないのだから。
彼が勝つのは必然なの。
そうでなければ、私の覇道は成立しない。
彼の存在ありきでの、この人生。その命を絶やすことは絶対に許さない。
だから、必ず……貴方は勝つの。
──そうよね。アルディア。
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