第43話 不穏な空気感



 市街地での戦いは順調に進んでいた。

 けれども、異様な雰囲気が漂い始めた瞬間はすぐに分かった。


「アルディア卿、ここら辺一体の片付きました。重装兵隊並びに魔術兵隊も順調に制圧地域を増やしているとのこと。順調ですね!」


「…………」


「えっと、アルディア卿?」


「あっ、ああ……そうだな。……報告ご苦労」


 意識を集中し過ぎて兵士の言葉に反応できなかった。

 禍々しい気配が出現したのを肌身で感じたから──。

 なんなんだ、あの殺気と圧力……いよいよ変なのが登場してくるというのか。

 悪寒に少し震えつつ、俺は先程の兵士に声をかけた。


「……悪い。その、伝令を頼めるか?」


「はい、もちろん大丈夫ですけど」


 警戒するに越したことはない。

 だから、この言葉に表しようのない胸騒ぎを伝えるのだ。


「本軍にいるヴァルトルーネ皇女殿下と左翼のリツィアレイテ将軍に伝えてくれ。『毛色の違うような敵が見えたら注意してくれ』と」


「分かりました。必ずお伝えします!」


 ──俺の怯え過ぎ、考え過ぎ……とかならいいんだろうけどな。


 多分この悪い予感は当たっている。

 ……当たっていて欲しくないのにな。

 現実というものは、本当に苦しいことばかりである。


 非情なものばかり、

 本当に大嫌いだ……。





▼▼▼




 嫌な気配を感じて、暫く経過した。

 相変わらず戦況は良い。

 けれども、あまりに不気味な空気感がいつまでも残り続け、本当に居心地が悪かった。


 ──加えて、


「敵兵が減ってきている気がします……」


 騎兵隊の一人がそんなことを呟くと、他の者たちも口々に話し始める。


「確かにな、徒党を組んで挑んでくる敵が少な過ぎる」


「取り残された兵士が狂ったように突っ込んでくるくらいしかなくなってきたしな」


「本軍はまだ戦っているのに……右翼側に戦力を削がなくなったということでしょうか?」


 彼らの言うことは、正しい。

 俺も何故こんなに敵兵が少なくなったのか疑問に思っていたところだ。

 敵戦力はまだまだ余力が残っているはず。

 周辺一帯を一掃したとはいえ、この場所を取り返しにくる兵士がいないというのは、やっぱり引っかかる。


「……騎兵隊は索敵に移れ。やっぱり、変だ」


 何かとんでもないことが起きる前兆かもしれない。

 もしそれで、ヴァルトルーネ皇女に危害が及んだとしたら……俺は一生、自分のことを許せないだろう。


「重装兵隊と魔術兵隊には、左翼のリツィアレイテ将軍と合流するように伝えてくれ。味方が分断されていると不味い気がする」


 右翼側の敵はほぼ殲滅し切った。

 となれば、他のところの負担がその分増えていると考えられる。

 本軍への攻勢が強まる分にはある程度余裕を持って対処できるはずだが、左翼側に寄り過ぎた場合、リツィアレイテ将軍が危ない。


「ぐあぁっ……!」


 ────っ!


 馬で駆けながら、騎兵隊の者と会話を続けていると、突然目の前を走っていた。騎兵の一人が空中に吹き飛んだ。


「敵襲、場所は中央噴水広場です!」


 俺たち騎兵隊はいつの間にか、敵軍のほぼ中央部分にまで侵入していた。

 それはそうなるか、敵軍にいる強者が現れたっておかしくはない。


「ぐぅ…………っ」


 大柄な男はかなり長い棍棒をぐるぐると空中で回して、白い息を吐いていた。


 ──なるほど、あれは一般の兵には荷が重いな。


「総員、やつの攻撃を回避しつつ、周囲の敵を一掃せよ。……あの怪物は、俺が討つ!」


 ヴァルトルーネ皇女の専属騎士として、それくらいの責任は負わないとな。

 危険な敵との対面。

 けれども、負ける気などない。

 あの方に忠誠を誓ってから。


 俺は常勝不敗を約束した。

 勝ち続け、ヴァルトルーネ皇女の進む道筋を何が何でも切り開き、作る。


「怯えているやつはいるか? ……よし」


 騎兵隊には誰一人として、あの大男に恐怖を抱き動けなくなっている者はいなかった。

 ここでリゲル侯爵の軍は終わりにさせてやる!


「総員、攻撃開始っ!」


 重要な局面での落とせない戦いが動き出す。



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