第42話 せめてもの抵抗(リゲル侯爵視点)




 ──何故こんなことになった?


 周囲を取り囲むヴァルトルーネ皇女の軍を眺めながら、放心状態が続いていた。

 私はガング=フォン=リゲル。

 リゲル侯爵家の当主として、ヴァルカン帝国内で高い発言権を持っていた。

 平民からたっぷりと金銭を搾り上げる裏事業も軌道に乗り、

 まさに順風満帆。


 ……そんな矢先の出来事であった。


「リゲル侯爵! ヴァルトルーネ皇女殿下の軍勢が進軍を開始しました。衝突は避けられないかと」


 ──くそっ、おのれ小娘が。この私を陥れおって! 絶対に許さん!


「さっさと迎え撃て! 皇女も何もない。私に楯突く者は皆殺しにせよ!」


 まあ、いい。

 幸い、この市街地は道がかなり入り組んでいる。

 この場所に敵軍がたどり着くには、それなりに時間がかかるだろう。

 正面の敵を相手させつつ、危なくなったら敵のいない反対側から逃げればいい。

 くくっ、私はリゲル侯爵だぞ。

 そう簡単にやられてたまるものか。


 浅慮な小娘の小さい脳みそをこねくり回した所で、所詮は子供。

 歳上を敬うことの大切さをその身に刻み込んでやる。


「今に見てろよ、ヴァルトルーネ=フォン=フェルシュドルフ。お前らの軍を粉々に叩き潰した後、死よりも辛いことをその身に味合わせてやる。ふふっ、思えばあの皇女、かなりの美人であるし、犯したらどんな顔をするんだろうな……」


 この私を怒らせたこと、後悔させてやるぞ。


「リゲル侯爵、大変です!」


 妄想を膨らませていると再び兵士の一人が慌てて声をかけてきた。


「今度はなんだ! 私は今色々と考えているのだ」


「し、しかし……至急お伝えしなければいけないことが」


 全く、なんなのだ!

 折角、今あの生意気な皇女の乱れ堕ちる光景を想像していたというのに。

 気分は悪くなったが、私はそのまま兵士の声に耳を貸す。


「……はぁ、言ってみろ」


「その……大変言いにくいのですが」


「勿体ぶるでない! 私に時間を取らせるな!」



 怒鳴れば、兵士はやや視線を下に下げ、


「実は、皇女殿下の軍を背後から攻撃するために近くの森林に待機させていた奇襲部隊が……全滅です」


「…………は? 今、なんと言った?」


 とんでもないことを言い出した。

 奇襲部隊が全滅?

 あり得ない。

 あやつらは、リゲル侯爵領自慢の奇襲部隊だ。

 そんじゃそこらの雑兵とは訳が違う。


 隠密行動も完璧。

 兵士一人一人の実力もずば抜けて高かった。

 それが全滅……?


「貴様……冗談を聞いている暇など私にはないのだぞ」


 ドスの効いた声で兵士に畳みかければ、その兵士は一歩後退り、モゴモゴと口籠る。


「し、しかし……奇襲部隊との連絡が途絶え、確認の者が向かい、彼らの全滅を確認したと」


「その兵士が見間違えたのではないのか?」


「いえ、そんなはずは……もしそうなら、あそこまで断言するのは不自然です」


 ──まさか本当に奇襲部隊が全滅したというのか。


 一体どうして。

 彼らを見つけ出すのは容易ではないはず。

 それに、森林に奇襲部隊がいるなんて情報……どこから漏れた?


「リゲル侯爵っ、我が軍が押されております。こちら側の騎竜兵は早々に狙われて全滅。空中は完全に支配されてしまいました。このままではこの場所に敵軍が押し寄せてくるのも時間の問題かと」


「────っ!?」


 何故何も上手くいかない。

 どうして……まるで全て先読みされているかのようだ。

 天性の軍略家が向こうにいるというのか?


 どちらにせよ、これはかなり不利な状況だ。

 すぐに逃げなければ、


 ──いや、その前にやつを前線に送るとするか。

 並の兵士であれば、あの男に皆殺しにされるはず。


 少しくらい苦しませてからでないと、スッキリしないからな!


「おい、そこの」


「なんでしょう」


「ノートを呼べ。すぐに出撃させる」


「ノ、ノート殿ですか!? しかし……あの方は」


 ふん、この際なりふり構っている暇などないのだ。

 ちょっとくらいやつの不祥事に目を瞑るくらいなんてことない。


「牢から出せ。武功を上げれば、刑罰を丸々白紙に戻すとも伝えろ! 行け、今すぐだ!」


「りょ、了解しましたっ!」


 ふふっ、馬鹿な皇女だ。

 リゲル侯爵領にいる怪物の存在を知らないのだろう。

 あの本能だけで動く殺しの猟犬を解き放って、果たして無事で済むかな?


「ふふっ、ふははははっ! 全員死んでしまえば良いのだ〜!」



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