第40話 アルディア、進軍開始




 風が吹き抜ける平原に集う兵士たち。

 彼らは静かにその時を待っていた。


「アルディア、本軍が動き出したわ。こっちの用意も万全よ」


「うむ、我らが重装兵隊も準備万全だ」


 魔術兵隊を率いるのは、ペトラ。

 そして、相手を市街地の奥へと押し込む役割を担うのはアンブロス率いる重装兵隊。

 それぞれの隊は既に戦闘準備万全。

 機を伺いつつ、本軍が敵軍と衝突した瞬間に俺たちも進軍を開始する算段である。


「二人とも、頼むぞ」


 声をかければ、ペトラとアンブロスはほぼ同時に頷いた。

 特設新鋭軍の装いを身に纏った二人は、もう士官学校の生徒などではなく、立派な一人前の兵士であった。


「任せなさい。通路という通路を焼き焦がして、退路は全部塞いであげるわ。魔術の恐ろしさを相手の目に焼き付けるの!」


「我らが重装兵隊は守護の要ともなれる。後方部隊には傷一つ付けさせやしないさ。だから、アルディア。怪我の心配などせず、安心して戦え!」


 頼もしいな。

 二人の優秀な友人が共に戦ってくれるのだ。

 ここで敵軍に押し負けたりしたら、ヴァルトルーネ皇女に合わせる顔がなくなる。


 俺が指揮をとる右翼の兵は、

 本軍、左翼の軍よりも人数が圧倒的に少ない。

 総力戦に持ち込むことを避ける俺たち右翼軍は、敵の動きを観察しながら、弱みにとことん付け込むことを目的とする。


「こちら側の人数が薄いと悟られないように立ち回ってくれ。敵軍の大部分がこちらに向かってきたら、押さえられる可能性が低い」


 まあ、もしそうなったとしても無理矢理敵軍を弾き返す気ではいるが……犠牲は最小限に抑えたい。

 俺一人では、守れる人員に限界があるから。


「なら、私たち魔術兵隊がしっかり火力を出さなきゃいけないわね!」


「ああ」


 本当にその通りだ。


 この戦いにおいて、ペトラの魔術兵隊がどれだけ存在感を出せるかが重要になってくる。

 魔力切れの可能性を考慮して、魔力回復薬は多めに用意したつもりだ。酷使してしまうことに罪悪感はあるものの、多少の無理は許容してもらうとしよう。


「聞いてくれ! 俺たちはこの戦いで必ず勝利を挙げなければならない。我々特設新鋭軍の初陣。華々しく飾るぞ!」


 リゲル侯爵は急ぎ自領に立て篭もったため、まともな兵力を集められていない。市民の避難もせず、ただ保身に走っただけの彼では、こちらの軍勢を退けられるわけがない。


「アルディア! 始まった」


 ペトラの声に俺は深く息を吸った。


「よし、進軍を開始せよ!」


 号令に従い、アンブロスの重装兵隊が続々と市街地に向けて歩き出す。

 ゆっくりとした進軍であるが、急ぐ必要はない。

 敵兵が敗走してくるまではまだ時間がかかるだろう。

 退路を塞ぐためにペトラの魔術兵隊も魔術詠唱を開始している。


 俺が率いる騎兵隊は周辺に広く展開して、広範囲をカバーできるように見回りを続けている。


 ──本軍はやはり優勢だな。ヴァルトルーネ皇女が戦闘を行わずとも、あれだけ優秀な兵が揃っていれば、まず押し負けることはない。


 次にリツィアレイテの指揮する左翼側へ視線を向ける。

 あちらも順調に任務を遂行している。

 敵の補給線を的確に断ち、逃げ道も全て封鎖している。


 極め付けは、騎竜兵隊による度重なる急襲。

 リゲル侯爵の軍は、準備が整いきらなかったからか、騎竜兵の数が圧倒的に少ない。

 制空権はこちらが掌握しているため、一方的にやりたい放題である。


「アルディア、敵軍がこちらにも来たぞ!」


 他の軍に目を向けていると、アンブロスの大声が右翼軍全体に響き渡る。

 数こそ多くないものの、こちらを迎え撃とうとする敵兵が市街地の入り口付近で待ち構えているのが見えた。


「よし、ペトラ。魔術を頼む!」


「ええ……総員。放てっ!」


 ペトラの合図と共に複数の火球が市街地に放たれる。

 容赦なく、敵兵のところに飛び、燃え盛る人影が無数に映った。

 あの出入り口はキープしておきたいな。

 付近の敵兵が混乱している間に、入り込むか。


 俺は騎兵隊に合図を出し、最低限索敵する者を残して突撃の用意をする。


「アンブロス、騎兵隊であの通路を取りに行く。適当に薙ぎ倒すから、残党兵は任せたぞ!」


「ああ、任せておけ」


 騎兵隊はそのまま平原を走り、火に包まれる敵兵の元へと突き進む。

 苦し紛れに無数の弓矢がこちらに飛んでくるが、うちの優秀な兵たちにその闇雲な攻撃は一つも当たらない。




 切り拓くぞ。

 俺たちの進むべき道を──。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

レビューありがとうございます!




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る