第36話 初めて認められた
「どうかしら?」
リツィアレイテの時間は完全にストップしていた。
突然のことで思考が停止しているのか……あのリツィアレイテの惚け顔を見ることができるとは、前世では考えられなかったことだ。
「…………」
言葉を発せずにいるリツィアレイテを見て、ヴァルトルーネ皇女はすぐさま俺の方に視線を向けた。そして可愛らしくウインク。
「アルディア、貴方はどう思う?」
「そうですね。彼女の実力、人柄を加味しても、リツィアレイテさんは指揮官に相応しい人物であると個人的には思います」
「そうよね。私も同意見よ」
俺はもうヴァルトルーネ皇女の意見を最大限に尊重する存在。
とはいえ、彼女が望んでいるだけだからというわわけでなく、単純にリツィアレイテに相応しいと感じた。
彼女が指揮するのであれば、ヴァルトルーネ皇女が新設する軍は安定した戦果を上げられることだろう。
「えっ……」
おい、俺が褒めたことがそんなに意外か?
リツィアレイテは俺の言葉にも動揺していた。
そして、控えめな声で話し出す。
「えっと、私は平民で女です。何故そこまで期待できると、言い切れるのでしょうか?」
リツィアレイテはヴァルトルーネ皇女ではなく、俺に向かってそう聞いてくる。
貴族至上主義のヴァルカン帝国では、そう卑屈になってしまうのも無理はない。過去に出会ったリツィアレイテより、今のリツィアレイテは自分に自信が持てていないように見える。
だから、分かりやすく彼女に伝える。
「いえ、俺は己の基準に沿って勝手に判断を下したまでです。ヴァルトルーネ皇女殿下がおっしゃったように、貴女はそれだけ優秀な人であると思います。平民だとか女だとか、ヴァルトルーネ皇女殿下も俺も、有事の際に役にも立たない部分へ大きなこだわりを持っていませんから」
そう言い切った時、ヴァルトルーネ皇女がぷっと噴き出した。
笑う要素があっただろうか。
「アルディア、貴方って……ふふっ、私のことがよく分かっているのね」
「皇女様も、本当に私でいいのですか?」
ケラケラ笑うヴァルトルーネ皇女にもリツィアレイテは訴えかけるように言葉を紡ぐ。
「ええ、私は貴女のことを認めているわ。身分や性別による登用をするつもりはありません。私は……優秀であり、信頼の出来る人だけを近くに置くつもりなのだから」
──それは彼女の真理であった。
だからこそ、他国の……それも平民である俺なんかを専属騎士に選んでくれたのだ。
ヴァルトルーネ皇女はそこらの皇族、王族とは絶対的に違う。
慈悲の心と芯の強さ、そして、鋭い洞察力と判断力を兼ね備えている。
今後のヴァルカン帝国発展のために、彼女は選ぶ。
本当に必要な人を選ぶのだ。
「そう、ですか……皇女様は、本当にお優しい」
リツィアレイテは瞳を潤ませ、手で顔を覆う。
「これまで、そんなことを言ってくれる人は誰一人としていませんでした。平民で女の私が、騎竜兵となった時は、お前には無理だ無理だとばかり言われてきました」
リツィアレイテは強い女性だ。
不遇な生い立ちをものともせず、騎竜兵として頑張ってきた。
彼女が強い女性になれたのは、きっとそのような逆境に立ち向かい続けたからに他ならない。
「嬉しかったです。初めて認められた気がして……」
そんな彼女だから、ヴァルトルーネ皇女は気に入ったのかもしれない。
「大丈夫。貴女は必ず名のある将になるわ。私が保証するわ」
「はいっ……私は皇女様のためにもっと強くなります!」
リツィアレイテは上昇志向が強い。
今のリツィアレイテと戦えば、俺の方が強いだろう。けれども、数年経過したら彼女は俺と並ぶくらいに強くなることは間違いない。
──俺も、うかうかしてられないな。
「貴女の所属している騎竜兵隊には異動の旨を伝えておくわ。出来るだけ早めにこちらに来て欲しいのだけど……」
「分かりました。荷物をまとめてこちらに移る準備を進めます」
「ええ、貴女の入る部屋の手配はもう済んでいるから……改めてこれからよろしく、リツィアレイテ」
ヴァルトルーネ皇女の元専属騎士はこうして再び、彼女の下へと辿り着いた。
『背を合わせ、戦うことが出来たなら……』
そして、前世で彼女が言っていたことが実現した瞬間でもある。
俺は俺でヴァルトルーネ皇女の専属騎士に恥じない働きをしていこうと密かに燃えていた。
リツィアレイテにも認められるよう、精進していこう。
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