第35話 元専属騎士




 ファディの方はこれでいいだろう。

 残るは、リツィアレイテの方だ。


「次は貴女ね」


「は、はいっ!」


 茶髪で女性にしては少し背が高め。

 それでいて彼女は驚くほどに背筋が綺麗であった。

 ピシリと立つその姿は典型的な優等生感が漂い、真面目な性格が存分に醸し出されていた。


「ふふっ、そんなに緊張しなくてもいいのよ」


 ヴァルトルーネ皇女が嗜めるが、リツィアレイテの表情は強張ったまま。


 先程までのやりとりを見て、リツィアレイテは少し警戒しているようだ。

 ファディがヴァルトルーネ皇女との話し合いで圧倒されていたのを肌で感じていたのだろう。

 でも、彼女に関してはそういう心配の必要はないと思う。

 ヴァルトルーネ皇女が彼女を言葉責めにするとかは考えにくいからだ。


「それでリツィアレイテ……貴女には」


 何故なら、彼女にはヴァルトルーネ皇女が前世でかなりお世話になったから。そして俺も彼女のことがとても印象に残っている。


「私が新設する特設新鋭軍の指揮官になって欲しいの」


 ヴァルトルーネ皇女の言葉にリツィアレイテは目を見開く。


「私が……ヴァルトルーネ皇女殿下の創設する軍の……指揮官、ですか⁉︎」


「そうよ。貴女に頼みたいとずっと思っていたのよ」


「ええっ⁉︎」


 ヴァルトルーネ皇女がリツィアレイテに傾倒するのはなんら不思議なことじゃない、

 だって、彼女は前世で──。

 ヴァルトルーネ皇女の専属騎士を務めていたのだから。




▼▼▼




『私はリツィアレイテ、ヴァルトルーネ皇女殿下の専属騎士です。覚悟はよろしいですか?』


 彼女とは戦場で度々ぶつかり合うことがあった。

 俺の振るう剣がまともに効かない相手は、ヴァルトルーネ皇女を除けばリツィアレイテだけだったと思う。


 彼女は本当に優秀な人だ。

 騎竜に跨りながら、リーチの長い槍を使って俺の接近を許さなかった。死角に潜り込もうと何度挑んだことか……ことごとく防がれ、決着は最後までつかなかった。

 ヴァルカン帝国内で言えば、間違いなく最強の騎竜兵。

 そんな彼女は平民、女性という身分からか、戦争の終盤から台頭してきた将軍であった。


『また、引き分けですか』


『……そのようですね』


『なるほど。我が主人が気に入るのも頷けますね。貴方の剣はとても洗練されている。敵にしておくのは本当に惜しい』


 あの時の俺は、彼女の言葉に罪悪感を感じながらも敵としての立場を貫いた。


『俺は……レシュフェルト王国の騎士だ』


『ええ、分かっています。貴方が味方にならないのは、我が主人より耳にタコが出来るほど聞かされているので』


 だからこそ、彼女はそのクールな面持ちを崩し、とても残念そうに項垂れたのだろう。


『貴方の剣が私の槍を掠める度に思います。もし、貴方が味方であったのなら、どれほど心強いのだろうかと。背を合わせ、戦うことが出来たなら……きっとどんな強大な敵にも勝てる、そんなことを考えてしまいます』


『そんな未来は……ない。俺は、ヴァルトルーネ皇女の味方をしてやれない』


 感情と行動の整合性が取れていなかった。

 当時の俺はかなり苦しんだ。

 祖国のために戦う相手が、自分にとっての恩人がいる国。

 ヴァルトルーネ皇女との敵対関係を認識することがあれば、心が締め付けられるように痛かった。


『そんなに苦しそうな顔をしないでください。貴方の事情は我が主人も理解しています。なので──』


 敵ではなく同じ武人として、リツィアレイテは俺の目を見て告げた。


『遠慮などせず、これまで通り全力でぶつかってきてください。この命が尽きぬ限り、貴方の剣は私が全て受け止めます』


 対立する者であった彼女もまた俺に優しかった。

 その一言で、俺の心がどれだけ救われたのか……それは計り知れない。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


レビューしていただいた方、本当にありがとうございます!めっちゃ嬉しいです!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る