第37話 貴女に相応しい騎士となり



「では、俺たちはこれで」


「失礼致します」


 ファディとリツィアレイテが部屋から出て行く。

 それを俺はヴァルトルーネ皇女と共に見届けた。

 二人がいなくなったこの部屋は少しだけ広く感じる。


「……本当に俺が専属騎士で良かったんですか?」


 暫しの沈黙を挟んだ後に俺はそんなことを尋ねていた。

 二人がいた手前、あまり長々と問答している暇はなかった。だからこそ、ヴァルトルーネ皇女が俺を本当に専属騎士に任命すると言い出した時はかなり動揺した。


 フレーゲルのところで言われたあれが冗談でもなんでもなかったなんて……。

 それに、過去に彼女の専属騎士を務めていたのはリツィアレイテ。そのリツィアレイテを差し置いて俺を専属騎士に指名するなんて驚きである。


「どうして? やっぱり不満だったかしら?」


「そういうわけではありませんが……リツィアレイテさんじゃなくて俺を選んだ理由が知りたかったのです」


 彼女と俺、実力的な差はそこまでない。

 加えて、ヴァルトルーネ皇女とより長い時を共に過ごしたのはリツィアレイテの方ではないだろうか。


「俺が貴女と共に過ごした時間は、レシュフェルト王国の牢でです。それなのに、俺なんかを選んでくれて……嬉しい反面、彼女を差し置いて俺が専属騎士になってもいいのかと、そう思ってしまうのです」


 ヴァルトルーネ皇女は俺の言い分を最後まで静かに聞き、その後優しく微笑んだ。

 まるで、俺の心情の揺れ動きを理解したように。

 気がつけば彼女の指先が俺の指と絡み合っていた。交差する指の関節同士が当たり、細く白い彼女の温かな手がしっかりと俺を捕まえている。


「リツィアレイテは確かに私の専属騎士だったわ。あの時の私にとって専属騎士は彼女以外に有り得なかった……」


 そう言ってからヴァルトルーネ皇女はゆっくり首を横に振った。


「でもね。今はあの時とは違う。…………貴方がいるわ」


「────っ!」


「貴方が私の側を選んでくれた。私が一番求めていた貴方が──」


 まるで告白のようであった。

 頬はやや赤く染まり、ヴァルトルーネ皇女の顔はとても美しく見えた。


「それに、リツィアレイテは私の専属騎士でなくても、前世以上に大きな功績を残せる。だからこそ、私は気兼ねなく貴方を選べた」


 信頼しているからこそ、ヴァルトルーネ皇女はリツィアレイテを専属騎士に選ばなかったと言う。

 ヴァルトルーネ皇女の告げた言葉には説得力があった。

 それに、俺自身もその説明に腹落ちしていた。


「確かに、リツィアレイテさんは騎竜の扱いが他とは比べものにならないほど上手い。専属騎士でなくても、武功は数えきれないほど上げてくれそうです」


「そうでしょ? だから貴方は何も気にしなくていいの。私が貴方を選んだの──それが私の、今世での選択なのだから」


 本当に光栄なことだ。

 ヴァルトルーネ皇女にそんなことを言ってもらえて、自分は幸せ者だと思う。

 専属騎士は彼女のために命を燃やす。

 彼女が死ぬ時は、俺もまた死ぬ。

 だから、彼女の温もりを消されてはならない。


「専属騎士として相応しい働きをして見せます」


「ええ、貴方ならきっと出来るわ」


 ──何があろうとも、俺は彼女を守り抜く。


 何度もそれを誓い、それでもやはりヴァルトルーネ皇女のことを守りたいと思い続ける。


「やっぱり。俺は……ヴァルトルーネ皇女殿下のことが好きです」


「──えっ⁉︎」


「っ! なんでもありません。では、俺もこの辺で失礼します」


 ポロッと出た言葉を慌てて紛らわせようと俺は顔を隠す。

 そして、すぐに扉を開き外に出た。


「……ずるいわ。貴方にそんなことを言われて……嬉しくないわけがないじゃない」


 ヴァルトルーネ皇女が部屋で何かを呟いていたかもしれないが、俺には何も聞こえない。

 早足でその場を立ち去ったから。

 何故俺はあんなことを口走ったのだろうか。

 漏れ出た言葉はヴァルトルーネ皇女に聞かせようと思ったものじゃなかった。


 記念すべき今日という日は、同時に恥ずかしさで埋め尽くされる瞬間にもなってしまった。


「はぁ……やっちゃった……」


 やらかしたことを思い出しつつ、俺は深く息を吐いた。


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