第33話 彼が本人だった
青年が告げたことへの感想は、
「それがどうした?」
というようなものであった。
そんなことは特に気にならなかったからだ。
暗殺稼業は確かに人を殺める行為であり、誉められたものではない。
しかし、それがヴァルトルーネ皇女が求めている人材を諦める理由にはなり得ない。
だから、俺はこう返事を返した。
「そんなことは知らなかった。でも、それを知ったところで彼と会わない理由にはならないよ」
青年は意外そうな顔をしていた。
俺が恐れ慄いて逃げ出すとでも思ったのだろうか。
甘く見てもらっては困る。
こう見えて、俺は戦場で命の奪い合いを幾度となく経験した。
普通では、あり得ないことも──死んだ経験だってある。
暗殺者がどうのこうの言われた程度で、怯えるようなことはない。
「へー、お兄さんって怖いもの知らずなんだね」
ちょっと違うが、青年は目を輝かしてそう言った。
「怖いもの知らずってわけじゃない。ただ、それくらいで怯えているようじゃ、肝心の目的を遂げられないってだけだ」
「肝心の目的?」
「言っただろ。優秀な人材を探すって……時間は有限、猶予なんていつまであるか分からないから」
ヴァルトルーネ皇女が皇帝となり、ヴァルカン帝国を勝利に導く。
そのためには、常に先回りをしていなければ成り立たない場面が多々あるのだ。
人材は早いうちから集めなければならない。
他所に流れてしまったら、その分の損失は手に入れられなかったのを加味しても単純に倍。
だから、俺に躊躇している暇なんてないのだ。
「じゃあさ……お兄さん」
「ん?」
「お兄さんの探しているファディを味方にしたとして……それである上位貴族が敵に回った場合でも……同じことが言えるんですか?」
……難しい質問だな。
それは、ヴァルトルーネ皇女の探しているファディという存在が貴族を敵に回してたとしても、手に入れる価値があるかというものだ。
この場合、貴族というのはヴァルカン帝国の貴族。
ファディに反感を持っているか、或いは不利益を被る可能性がある打算的な感情を抱いているかだ。
……そうだなぁ。
「人による……かもな」
「は?」
青年は俺の答えがやはり意外だったようだ。
「なんで……上位貴族だよ? もしそこまでの不利益があるのなら、普通は手を引くはずだけど」
確かに普通はそうだろうな。
けど、俺とヴァルトルーネ皇女は例外だ。
取捨選択において、身分を重視することは大切だが、俺とヴァルトルーネ皇女に限ってはそれに拘り過ぎないだろう。
何故なら、貴族至上主義を重んじるあまり、レシュフェルト王国との戦争に敗北するヴァルカン帝国の未来を実際に知っているから。
ヴァルカン帝国の貴族は全てヴァルトルーネ皇女の味方……なんて簡単な話はない。
当然、ヴァルトルーネ皇女にとって邪魔な家族は存在するし、それらの排斥は戦争の起こる2年後までには全て完了させるつもりだ。
「そこは貴族だろうと関係ないよ。必要な人材には手を伸ばし、行手を阻む者は徹底的に叩く。それだけだ」
「それで、本当にいいの?」
「いいんだよ。多分、そうしなきゃ望むものはずっと手に入らない。己の信念を曲げていては、何も掴めない」
目的を達するために優先するものを間違えてはならない。
だからこそ、ファディという人物に会い、見極めなくてはならない。
「へー、お兄さんって……格好いいんですね」
「そりゃ、どうも」
青年はニヘラと笑みを浮かべ、何度か頷いていた。
先程からこの少年はなんなのだろうか。
ファディの居場所を喋ることはないのに、彼に関しての悪い点を黙々と上げて、俺の答えを聞いたら、嬉しそうな顔をする。
──流石に時間が勿体ないな。
これ以上、青年のお遊びに付き合っている暇はない。
「もう、いいだろ。ファディの居場所を教えてくれ」
「ん? ああ、そうだったね。忘れてたよ」
普通は忘れないだろ。
そんなツッコミを入れる気力はなかったから、ただ黙って彼に視線を向けた。青年はくるりと俺の周りを歩いてから、ゆっくりと告げる。
「ファディ……それさ。俺のことだよ」
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