第29話 賢い選択(イクシオン王子視点)



 こうなることは予想出来ていた。

 彼女と同じテーブルに着いた時点で、全てが向こうの思惑通りに進んでいた。既定事項というやつだ。


「……いいでしょう。ヴァルトルーネお義姉様と手を組みます」


 レシュフェルト王国第四王子、イクシオン=レト=レシュフェルトは、この日を以てして──。


 レシュフェルト王国を見限る決意をした。


 ヴァルトルーネお義姉様との協議の結果、俺は近いうちに起こるであろう王国と帝国の戦争において、帝国側に付くことを約束した。

 ヴァルカン帝国の軍事力は世界トップクラス。

 レシュフェルト王国もそれなりに軍備に力を入れてはいるが、それでもヴァルカン帝国と戦って勝てるとは到底思えない。

 そしてなにより、


「ありがとう。イクシオン王子」


 ヴァルトルーネお義姉様と敵対なんて考えたくないと感じた。


「いえ、私は自分自身にとって最も利になりそうな方を選んだだけですから」


「それでも、私は嬉しかったわ」


 付け加えて言うなら、ヴァルトルーネお義姉様の言葉が魅力的であったというのもある。


『この戦争でヴァルカン帝国が勝てた暁には、レシュフェルト王国の新王として、イクシオン王子、貴方を推薦することを約束しましょう』


 そんなことを聞かされて、心が動かないわけがない。


 ヴァルトルーネお義姉様とユーリス兄さんが婚約破棄をした時点で、両国の関係が破綻することは目に見えている。

 婚約破棄の話は初耳であったが、父上立ち合いの元で正式に婚約がなくなったというのであれば、それは覆しようのない事実である。


 ──この国に尽くしたとしても、第四王子なんて立場の俺は、確実に邪魔者扱いされるに決まっている。


 戦争が始まったら、多分前線送り。

 死ぬまでこき使われるなんて悲惨な未来は回避しておきたい。

 対して、ヴァルトルーネお義姉様に味方した時のメリットはかなり大きかった。

 次代の国王にしてくれると、かの帝国の皇女が打診してくれているのだ。彼女は少なくとも、セイン兄さんやユーリス兄さんよりは遥かに信用できる人物だと直感的に感じた。


 加えて、前線で無理な戦いに駆り出される可能性も低そうだ。

 必要な時に協力をしてくれれば、あとは俺の好きにしていいとヴァルトルーネお義姉様は言った。


 ──こんな好条件を呑まないわけがないよな。


 それに利害関係が間に挟まっているとは言え、人柄の良さが彼女から滲み出ていた。

 親しい関係を維持すれば、俺にとってプラスになるだろう。


「改めて本当にありがとう、イクシオン王子。貴方の英断に感謝申し上げます」


 英断、か……。

 ヴァルトルーネお義姉様は俺なんかに頭を下げてそう言った。

 第四王子という微妙な立ち位置。

 次期国王になる望みも薄く、自由な人生を送れるなんてこともない最悪な身分。

 けれども、その最悪な身分だからこそヴァルトルーネお義姉様は声を掛けてくれた。


 不遇な俺を引き込みやすいと踏んだのだろう。

 いい判断だと思う。

 実際俺は、彼女に手を貸すことを決めた。


「ヴァルトルーネお義姉様、まずは何をすればいいですか?」


「あの、イクシオン王子。先程から言っておりますが、私はもうお義姉様と呼ばれるような立場では……」


「いえ、出来れば今後もそう呼ばせてくださいませんか?」


「…………」


 どちらにせよ、いずれはレシュフェルト王国と対立することになる。

 ヴァルトルーネお義姉様に味方する以上、俺は彼女のことを血の繋がりのない義姉として慕い続ける気でいた。

 だから、呼び方はこのままがいい。

 これは俺の覚悟の証でもあった。

 どちらの味方なのかをはっきりさせるために行う最大限のパフォーマンス。


「分かりました。私のことは好きに呼んでくださいませ」


「ありがとうございます。お義姉様」


 呼び方に関しての話題に一区切り。

 そして、話題は俺のやるべきことに移る。


「イクシオン王子、早速ですがお願いがございます。近いうちにレシュフェルト王国はヴァルカン帝国の領地であるディルスト地方の譲渡を要求してくるはずです。そして、ヴァルカン帝国に攻め込んくる。……その時、レシュフェルト王国軍の侵攻をほんの少しでいいので遅らせてほしいのですが……可能ですか?」


 最初の山場は、かなり骨が折れそうなものであった。

 けれども、俺はノータイムで彼女の言葉に首を縦に振った。


「承知しました。なんとかしてみせます!」


 賭けた方を全力で支援するのは、当たり前なこと。

 大きな一歩を踏み出し、第四王子のままで終わるはずだった俺の人生は真っ直ぐに続く平坦な道から大きく外れた。


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