3章

第30話 ヴァルカン帝国へ



 イクシオン王子との会談は滞りなく行われた。

 ヴァルトルーネ皇女の目論見通り、彼はヴァルカン帝国側に味方してくれると約束してくれた。

 まあ、口約束である以上、どれほど信用していいのか俺にはさっぱりであるが。


 王城を離れ、俺とヴァルトルーネ皇女は用意された馬車に乗り込んだ。

 このまま俺とヴァルトルーネ皇女はヴァルカン帝国の首都アルダンに向かう予定である。


「あの、ヴァルトルーネ皇女殿下」


「何かしら?」


「イクシオン王子殿下の件ですけど、本当によろしいのですか?」


 道中で、俺はヴァルトルーネ皇女にそう聞いた。

 馬車内では、俺とヴァルトルーネ皇女が顔を合わせるように対面して座り、彼女は首を傾げながら俺の言葉に聞き入った。


 ヴァルトルーネ皇女がイクシオン王子とした約束。彼を次期レシュフェルト王国の国王にするという内容についての話だ。


「イクシオン王子は確かに聡明な雰囲気がありました。ヴァルトルーネ皇女殿下の言っていた通り、誠実そうだったし、優秀さは確かに伝わってきました」


 けれども、彼はレシュフェルト王国の王子。

 王位継承に絡まないとはいえ、あそこまで簡単に話が進んだのは些か不自然に感じた。

 もう少し葛藤とか、戸惑ったりした様子を見せても良いのではないかと思うほどにイクシオン王子は落ち着き払った態度で黙々とこちらの要求を呑んでいた。


 それが逆に不安要素として心に引っ掛かっている。


「アルディアは何が言いたいの?」


「順調過ぎるなと、そう感じただけです。彼が裏切るという可能性があるんじゃないかと不安なんですよ」


 俺がそう告げるとヴァルトルーネ皇女も「なるほど」と相槌を打つ。

 次期国王にしてやるという彼女の言葉はイクシオン王子にとって相当魅力的な話だ。けれども、他国の皇女が示した言葉をそう簡単に信じるのだろうか。


「心配いらないわ」


 俺の不安をよそに、ヴァルトルーネ皇女は俺の横に座る。

 何故、席の移動をしたのだろうか。そのまま彼女は俺の手の甲にそっと自分の手を添えた。

 思わずドキッとしてしまう。

 彼女の行動の意図が掴めず、そのまま背筋を固めていると静かにヴァルトルーネ皇女は話し始めた。


「イクシオン王子が裏切る場合も想定しているわ。彼は多分裏切らないだろうけど、その辺は抜かりないからアルディアは安心して、私に付いてきて」


「はい……」


「本当に大丈夫。私たちの望む未来は確実に近付いて来ている」


 彼女がそう言うのであれば、盤石な足場を固めることは容易であるはずだ。俺はヴァルトルーネ皇女のためにやれるだけのことをやる。


「ヴァルカン帝国に戻ったら、まずは何をしますか?」


「そうね……私がイクシオン王子と通じているように、ヴァルカン帝国内にもレシュフェルト王国の上層部と繋がっている者が少なからず存在するわ」


 両国の戦争になった場合、内側に危険因子が潜んでいるのは、後々不利になる。

 膿は徹底的に出し切るってことか。

 ヴァルトルーネ皇女は身分の関係で派手には動けない。


「ヴァルトルーネ皇女殿下、ヴァルカン帝国内の調査、俺が担当します!」


 だから、その役目を俺が担う。

 彼女の手足となり、全てがヴァルトルーネ皇女が望む未来を掴み取るための足掛かりとなるように──。


「ええ、でも貴方だけに任せるつもりはないわ。大変だもの」


 気を遣った言葉の中には、彼女の望みが透けて見えた。

 やはり、俺だけではやれることにも限界があると分かっているのだろう。


「では、他の者にも任せるということですね」


「その通りよ。有能で信頼できる人物に目星が付いているの。その人たちを仲間に引き込めれば、後々の物事がスムーズに進む」


 やるべきことはまだまだ多そうだ。

 けれども、ヴァルトルーネ皇女はそれ以上に実績をあげるつもりだ。

 俺はただ彼女に付き従い、最善を尽くすとしよう。



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