第23話 貴女の選んだ道を




 それは初耳であった。

 戦争の原因が、まさかレシュフェルト王国側から作られたものだなんて。

 ヴァルカン帝国の宣戦布告からあの戦争は始まった。

 俺はずっとそう思い込んでいた。

 しかし、真実はまた別であると彼女は言った。


「なん……っ、え?」


「驚いたかしら?」


「そりゃ、そんなこと全く知らなかったし」


 でも、何故?

 レシュフェルト王国から先に仕掛けたのなら、どうして前世の戦争ではヴァルカン帝国が始めた戦争であるとみんなが思い込んでいたのだろうか。

 世界各国がヴァルカン帝国との敵対を表明した。

 今思えば、それは露骨なものであり、何かの思惑が蠢いていたのではないかと感じてしまう。


「俺はてっきり、ヴァルカン帝国が戦争を始めたのだと思っていました」


 ヴァルトルーネ皇女は俺の言葉を否定も肯定もしなかった。

 ただ、微かに微笑むだけ。


「そう、よね。貴方がそう思うのも無理ないわ。対外的に見れば、ヴァルカン帝国が急にレシュフェルト王国へ宣戦布告したように思えるはずだもの」


『対外的に』……か。

 つまり、レシュフェルト王国の侵略行為の証拠は存在していないということか? いや、それなら前世の世界でも、その事実が明るみになる可能性だってあっただろ。

 ヴァルトルーネ皇女がそれを知っているのであれば、それが出来たはずだ。


 にも関わらず、この戦争はヴァルカン帝国が始めた悪きものであると世界中に認知されていた。


「……詳しく聞かせてください」


 無知というものは恐ろしい。

 知らなければ、あたかも本物である情報にまんまと踊らされることだって沢山あるのだから。


「良いわ。アルディアには話しておきたいもの。この戦争の原因と私の目指すべき場所を──」




▼▼▼





 ヴァルトルーネ=フォン=フェルシュドルフ皇女。

 前世での彼女は、自らが前線に立ち、レシュフェルト王国軍との戦いに身を投じていた。

 彼女は終始帝国の皇女らしく戦い、散っていった。

 それに関しては俺が一番良く知っている。彼女の最期もちゃんと見届けたのだから。


 さて話は変わるが、今生のヴァルトルーネ皇女は戦地を転々とすることを望んでいないようだ。

 その理由は、


「私が……ヴァルカン帝国を導くわ。どんなに苦しく挫けそうになるような道だろうとも、私は諦めたりしない」


 どうやら彼女はヴァルカン帝国の皇女ではなく、その更に上へ──皇帝になることを望んでいるのだ。

 確かに彼女が皇帝になることが出来れば、未来を大きく変えるきっかけになるだろう。しかし、それは簡単なことではない。


「ヴァルトルーネ皇女殿下は、皇帝になるのですね?」


「ええ。そのために今すぐ、ユーリス王子との遺恨を断ち切らなければならないわ。彼がいずれ告げてくるであろう侵略の話を聞いて戦いの準備を進める父上を説得しなければならないもの」


 かつてのヴァルカン帝国は、結論を急ぎ過ぎた。

 それ故に公に攻撃される前から戦う宣言をしてしまったのだ。

 ヴァルカン帝国の威厳というものを維持しておきたいという考えの下、そういう結論に至ったのだろうけど、先に手を出したという形になってしまえば、他国からの心象は悪くなる。


 つまり、今回はあえて後手に回ることが必要なのだ。

 レシュフェルト王国から仕掛けさせる。その上で、かつて敵国だった周辺国家からの反感を生じさせないように立ち回る。


「侵略行為の発案は、ユーリス王子……でしたか?」


「ええ、私との婚約破棄に続いて、畳み掛けるように彼は、ヴァルカン帝国の領地であるディルスト地方を明け渡すように告げてきた。勿論、帝国の大切な領地を手放す気はありません」


「徹底抗戦、ですね」


「そう、対立姿勢を鮮明にさせる必要があるの」


 ただ、向こうから仕掛けてくるのを待つということは、先制攻撃は敵に打たせるということ。

 迎撃戦か……。

 敵を誘い込み、迎え撃つ戦い方は俺の得意分野。

 問題は、先急ぐヴァルカン帝国を諌めつつ、ヴァルトルーネ皇女が帝国全土の指揮権限を掌握すること。彼女自身、ユーリス王子との婚約破棄を受け、ヴァルカン帝国内での立場は、ほんの少しだけ悪化した。


 ヴァルトルーネ皇女が皇帝になる道は中々ハードな目標だろう。

 それを分かった上で、ヴァルトルーネ皇女はその座を手に入れようとしている。

 ならば俺は、


「ヴァルトルーネ皇女殿下」


「────」


「俺が必ず、貴女が皇帝になれるように尽力します!」


 彼女の恩にひたすら報いるとしよう。

 それがどれだけ、茨の道だったとしても、だ──。

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