第22話 戦う動機




 レシュフェルト王国とヴァルカン帝国は、現在休戦状態にあった。

 何故休戦中だったのかというとレシュフェルト王国の第二王子であるユーリス=レト=レシュフェルト王子。

 彼がヴァルカン帝国の皇女であるヴァルトルーネ皇女との婚約関係を結んでいたからであった。

 両国の王族と皇族が深い繋がりを持ち、互いの国に侵略しないという暗黙の了解を作り出したことで、一時的な平和が両国に訪れていたのだ。


 ──そんな平和は約十年で崩れ去ったが。


「婚約破棄っ⁉︎ 皇女様をあのゴミカス王子が振ったってことすか⁉︎ 最低、士官学校では皇女様を無下に扱った挙句、自国の聖女だかに熱を上げていたあのゴミカス……アイツの粗末な棒切れがもげればいいのになぁ」


 うん、ミア……その通りなんだけど、言葉遣いが酷過ぎる。

 ヴァルトルーネ皇女が婚約破棄に至った全容を話したせいで、ミアの中でのユーリス王子の評価は地に落ちたみたいだ。

 まあ、それ以前に士官学校でのユーリス王子は、その身勝手な振る舞いから多くの帝国民に好かれてはいなかった。

 ミアが『ゴミカス王子』とつい言っちゃうくらいには、嫌われてるのである。



「ユーリス王子との婚約破棄は数ヶ月前から察してました。なので、ミアさんがそこまで怒るようなことじゃないです」


「え〜、絶対あの聖女だかに誑かされた感じっすよ。悔しくないんすか!」


「うーん、私自身、ユーリス王子のことを特に好きでも無かったので……」


 だろうね。

 というか、ヴァルトルーネ皇女は、人生二周目。

 婚約破棄も前回経験済みなのだから、心構えも出来ていたことだろう。彼女は目先の不利益に心を痛めてはいない。

 常に前を向き、進み続ける彼女はヴァルカン帝国の行く末を案じている。


「ヴァルトルーネ皇女殿下は、ミアが想像しているよりも強いんだ。それに、今更そんなことを話していても、意味がない」


 補足するように俺が説明するとヴァルトルーネ皇女も頷いた。


「アルディアの言う通り、今はユーリス王子のことはどうでもいいの。今考えるべきは、ヴァルカン帝国の未来のみ」


 俺とヴァルトルーネ皇女の頭の中はきっと、レシュフェルト王国をどうやって打倒するかで一杯だ。

 ミアにはまだそれが分からないだろうけど、いずれ彼女を含め、俺はあいつらを──大事な友人を巻き込むことになるだろう。


「なぁ、ミア……」


「ん?」


「今の話を聞いて、俺がどうして……みんなをヴァルカン帝国に行かせようとしたのか分かっただろ?」


 ミアはゆっくり頷く。

 彼女の出身は元々ヴァルカン帝国だから、俺が誘わなくても帝国側に付いたはずだ。

 けれども、レシュフェルト王国出身の友人も俺には多かった。

 だから、ミアは俺の意図を理解した上で笑っていた。


「分かるよ。アルっちは、私たちが戦うような未来が来ないようにしたかったんでしょ。アルっちはレシュフェルト王国出身だから、どうしてヴァルカン帝国側に全員寄せちゃったのかはちょっと分かんないけど」


 レシュフェルト王国にミアを含めた帝国出身の友人を引き入れる未来もあったことだろう。でも、それでは多分、幸せな未来は訪れない。


「でも、アルっちがそういう選択をしたのは……皇女様がいたから、なんだろうね!」


「まあ、な」


 俺の今生は、ヴァルトルーネ皇女と共にある。

 だから、どんなに苦しい状況になったとしても、俺は彼女に付き従い続ける。

 きっとその意志は変わらない。





▼▼▼




「んじゃ、私は自前の騎竜で帝国に向かうから! 皇女様、アルっち、また帝国で会おうね!」


 その場から駆け出すミアを見送り、今度こそ俺とヴァルトルーネ皇女は二人っきりになった。念のため周囲を見回すが、誰もいない。

 ミアがいたこと自体がイレギュラーなことだった。

 今度は、こういう前世に関する話をする際は、周辺にしっかり目を通しておくことにしよう。


「行ってしまいましたね」


「はい、そうですね」


 ホッと一息……なんてものは存在していない。

 俺とヴァルトルーネ皇女は瞬時に次の行動へと移る。


「それで、ヴァルトルーネ皇女殿下。俺たちは今から何をするのですか?」


「アルディアは察しがいいのね。……とっても大事なことよ。今から打つ一手によって今世の世界情勢は、前回とは大きく異なるものになるはずだわ」


 戦争も始まらないこの時期にヴァルトルーネ皇女は何をしようというのだろうか。

 彼女の口に注意を向ける。


「ねぇ、アルディア。レシュフェルト王国とヴァルカン帝国はどうして戦争を開始したと思う?」


 不意に飛んできた質問。

 具体的な意図も掴めない。

 だから!そんなことを聞かれても、今俺の中にある知識で言えることなどある程度決まっていた。


「えっと、ヴァルトルーネ皇女とユーリス王子が婚約破棄したから……ですか?」


 既存の知識では、これくらいの答えにしか辿りつかない。

 ヴァルトルーネ皇女は苦笑いを浮かべ、


「そうね、これまでのことを考えるとそういう考えに至るわよね」


 含みのある言葉遣いをする。


 ──この反応……どうやら違うみたいだ。


 戦争の原因として、ヴァルトルーネ皇女とユーリス王子の婚約破棄がトリガーとなったのは間違いない。けれども、本格的に王国と帝国が対立した理由が他にあるのだと、ヴァルトルーネ皇女は示していた。


 そして、その理由は、


「教えてあげるわ。レシュフェルト王国とヴァルカン帝国の戦争の直接的な原因は──」



 前世の俺ですら知らなかったことであり、



「レシュフェルト王国の方が先に、ヴァルカン帝国領内への侵攻をしてきたからなのよ。聖女レシアのための聖地を奪還するという見当外れな名目でね」



 俺がレシュフェルト王国を徹底的に叩きのめすのに十分な動機に繋がるものであった。


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